2016年8月11日 第33号

 

イラスト共に片桐 貞夫

 

「あるんだよ」

「ばっさりだったな」

「幽霊の奴、ぎゃーってわめいてな。おれだってべっとり血をかぶったぜ。幽霊の血をよ」

「そうだそうだ、血だらけであとかたづけが難儀だった」

「今度あー外でやってもらいてえな」

 二人はタケを無視して喋っている。

「ありゃー、…か・やぶんのほうだったな」

 「……」

 餅焼くタケの手が止まった。小田原なまりが幽霊を斬ったと言った。すると瀬谷の百姓なまりの方が「か・やぶん」と言った。完璧に聞きとることはできなかったが、これは人の名称であることに間違いない。とすれば「か・やぶん」と聞こえた人物は「あかおやぶん」ではないか。いやタケに、それがそうであるという確信が湧き上がってくるのであった。

 小田原なまりが続いている。

「切った切った。そいで、幽霊の脳天を真っ二つに割ったのよ」

「えっ、ちょっと待って。じゃあまっこと幽霊を斬ったの? 斬ったことあるの?」

「だから言ってるじゃねえか。そうだよ。斬ったんだよ」

「いつのことなの? どこに出たのその幽霊?」

「なんだ知らねえのか。知らねえだろうな。そうなんだ。何年か前えにも幽霊が出たんだよ」

「まっこと? まっこと? どこに?」

 タケが懸命に無知を装っている。

「決まってるじゃあねえか、他のどこに出るんだい。近江屋によ」

「ああ、…ああ、近江屋? やっぱり」

「そうよ。その幽霊をばっさりやったんだよ」

 小田原なまりが繰り返している。

「まっこと?」

「まっこともなにも、血が出たんだよ。ちゃーんと血が出たんだ。ちゃーんと死んだんだ」

「しんだ? あら、幽霊って、はなから死んでるんじゃあないんですか」

「幽霊にもいろいろあらーな。…おっと、うまそうになってきたじゃーねえか」

 金つば餅の焼ける様子に瀬谷なまりが鼻を向けて言った。

「もうちょっと待っててね。もう食べられるんだけど、いま食べちゃうと味半分なのよ。それよりその幽霊だけど、生きてたっていうの?」

 タケが近江屋の幽霊の話題から外れまいとしている。

「じつは女中だったんだよ、その幽霊。何年か前につまらねえことして暇を出された女だったんだ」

 瀬谷なまりが得意そうである。

「なあーんだ、それじゃあ幽霊じゃないじゃない。近江屋の奉公人だったのね。生きてる奉公人が幽霊を真似て出てきたのね」

 タケの声が素っ頓狂である。

「その女、なんか恨みがあったのよ。だってそうじゃない。近江屋に、なんの恨みだったのかしら」

「そ、そんなことわかるけえ」

 たしかに、さんぴんの二人には分からないかもしれない。

「あら、わからないの? わからないで幽霊退治にやってきたの?」

「ばかやろ。幽霊の恨みなんざーなんだっていいんだ」

「そうね。相手は幽霊なんだからね。おおこわおおこわ」

 タケが大げさに顔をしかめて身体を震わす動作をした。そして、餅を皿にのせた。もう餅焼きを引き延ばしていることができなくなっていた。

「はいっ、できたわ。おまちどさん」

「よっ」

 二人の男が食べだした。顔を横にし、犬のように口を皿に近づけてがつがつと音を立てた。

 この二人のさんぴんによると、以前、近江屋に出たという幽霊は生きた人間であった。なにゆえか暇を出された当店の女中が、恨みを果たすために幽霊となって近江屋に四度ほど出、立願寺の辰蔵に斬られて死んだというのであった。

 なぜなのか。ほほの傷はなにを意味し、なぜ暇を出されたのか。そして命を懸けてでも幽霊となって出なければならなかった「うらみ」とはいったいなんだったんだろう。さらに、その幽霊女のほほの切り傷と、辰蔵がほほを切り裂かれて殺されたということは必ず関連があるはずである。このたび、ふたたび出るようになった幽霊女のほほにも同様な傷があるというのだ。

(続く)

 

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