2017年10月26日 第39号

 「私たち、同じアジア人だからー。いつでも家に寄ってね」と、フィリンピン人のママ友さんが、言ってくれた。いつも豪快な笑い声で、周りを一瞬にして明るくしてくれる太陽のような彼女は、同じアジア圏から来たと言っても、やはり日本人とは違う雰囲気を持っている。スペインの植民地としての過去が影響するのか、それとも南国という地理的なものが影響するのか、ここで会うフィリピンからの移民たちは、陽気でラテン的な国民性が滲み出ている。そんな彼女が「私たち同じアジア人だからー」と一括りにした際、なんだか不思議な気分になってしまった。地図上の配置のみを考慮して、「日本人とフィリピン人は同じアジア人だから、○○である」。そう簡略してしまって良いのだろうか。

 「私たち、同じアジア人だからー」と言われたのは、初めてのことではない。韓国や中国のバックグラウンドを持つ人たちからも、「同じアジア人同士、仲良くしましょう」的なことを、言ってもらったことがある。その時も不思議に思いつつ、別に突っ込んでその意味を問いただす必要もないと感じたので聞き流したものの、彼らもまたフィリピン人のママ友さん同様、地理的な位置づけから、日本人、フィリピン人、韓国人、中国人などを「同じアジア人だから○○である」と、ひとまとめにしてしまった。アジア人を同胞化してしまうコメントは、何度耳にしても、あまりピンと来なくて、彼らのロジックがどうしても私には理解できない。

 その理由のひとつとして、日本とフィリピン(あるいは日本と韓国、日本と中国、日本と○○という国)は、全く別の国であるということ。彼らの言う「同じアジア人」として、私たちは何を共通しているのだろうか。日本とフィリピンの違いは、日本とカナダが違うのと同じくらい、言葉も文化も食も社会も宗教も歴史も気候も…すべてが違う。なかなか共通点が見えてこない。 また別の理由として、この発言は、同じアジア諸国から来た人たちを「内」の存在の「私たち」と捉えることで、「外」である「彼ら」が存在していることも理解できる。移民国家のカナダに住んでいて、人種や国籍で人を区別してしまうのは危険なことだと思う。「私たち」と「彼ら」と言った対人関係を築いてしまうと、最終的には敵対心が生まれてしまわないかと心配になる。

 そして最後の理由として、私が育った当時の日本(80〜90年代)は、どちらかと言うと欧米を意識した社会だったので、義務教育にしてもアジア諸国よりも、欧米に焦点をあてたトピックが多かったように思う。自分から興味を示さない限り、他のアジア諸国を隣人や同胞として意識することはなかっただろう。そんな社会で育ったことも影響してか、どうしてもアジア人を一括りにして捉えることはできない。

(続)

 

 


■小倉マコ プロフィール
カナダ在住ライター。新聞記者を始め、コミックエッセイ「姑は外国人」(角川書店)で原作も担当。 
ブログ: http://makoogura.blog.fc2.com 

 

 

 

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