2017年2月23日 第8号

 漢字にとても興味のある日本語上級者からの質問である。「当然」の漢字ですが、なぜ「然」は「前」と書かないんですか? 意味も「前」のほうが分かりやすいと思います、である。最初は質問の内容がよく分からず、改めてゆっくり聞き直した。

 カナディアンの彼曰く、もちろん「当然」の読み方と意味は分かりますが、この「然」という漢字はなかなか難しく、なぜ上に「犬」がいるのか?また下の点々の向きも最初はとても気になりました。そして同じ意味の言葉として、「当たり前」も習いました。少し笑いながら、「当然」より「当前」のほうが意味も分かりやすく、書くのもやさしいです。どうして「当前」と書かないのですか? である。 びっくりしてしまった。日本語教師になってそろそろ30年、今までも、びっくりするような質問をいろいろ受けてきたが、こんな漢字に関する質問は初めてである。こんな発想、我々日本人はまず考えたことはない。まさに日本語学習者ならではの発想であり、漢字の難しさが分っている上級者の質問である。

 上級者としては当たり前だが、彼はこの「前」という漢字を「ぜん」と発音することも当然知っている。すると、確かに「とうぜん」の漢字は「当然」より「当前」のほうが分かりやすい、と彼が感じるのもよく分かる。びっくり、そしてなるほどである。

 「当然」と書くのが、当たり前だが、こんな質問をされると日本語教師としてはとても気になり、早速調べてみた。そしてこれまた大いに驚いてしまった。昔、中国から「当然」という漢字言葉が入ってきた。これは「当(まさ)に然(しか)るべし」ということで 「当然」である。でもこの「然」という漢字は当時の日本人にもなかなかなじめず、江戸時代ごろに、誰かが「前」という漢字を使って「当前」という当て字を書き、この当て字がかなり広まったようである。読み方はもちろん音読みの「とうぜん」である。

 そしてしばらくして、今度は誰かがこの「当前」を訓読み(日本式)として「当たり前」と読んだようである。そしてこれが広まり、「当たり前」という和語ができたとのこと。他にも説はあるようで、はっきりは分らないが、いろいろ調べてみて驚いてしまった。「当然」の当て字として「当前」が作られ、それを訓読みにして「当たり前」ができた。なるほど。

 するとこの「当たり前」という言葉はその時代、時代の若者たちがちょっとふざけて作り出した、若者言葉だったのでは、との思いを強くした。

 まさに彼の発想と同じである。日本では何百年もかかったのだが、彼は短時間に、こんなことを思いついたのである。「すごい、大したもんだね」と彼にこの話をした。彼もびっくり、そして大喜び。いつか「当前」になるのでは、と笑いながら乾杯である。

 このエッセイを書きながら、思わずかなり昔(1960年代)に流行った、こんなコマーシャルを思い出した。「当たり前田のクラッカー」である。これを懐かしく感じる方はかなりの年配の方。年を重ねるもまた楽しからずやである。

 

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