2016年10月27日 第44号

 この秋に日本行きを計画している日本語上級者からこんな質問を受けた。「日本を旅行する」と「日本で旅行する」はどっちがいいですか、である。日本は紅葉がとてもきれいなので、いろいろ紅葉の名所に行ってみたいとのこと。

 うーん、なるほど。でもこの場合は、ほとんど意味は同じで、あまり気にすることはないよ、と言ったのだが、確かに場所に関するこの「を」と「で」はかなり意味の違いがあり、日本語教育において、この違いを教えることはとても大事である。

 初級レベルではこんな例文から説明している。「プールで泳ぐ」と「プールの第一コースを泳ぐ」である。同じ「泳ぐ」という動詞だが、「で」はプールの中でする動作や動きを強く表している。一方「を」はプールの狭いコースの中を泳いでいく、いわゆる通過する感じを表している。

 もちろん「第一コースで泳ぐ」でも意味は通じるが、まずこの違いを少しでも分かってもらわなければならない。「で」はその場所で何か動作をするときに使い、「を」はその場所を通り抜けるようなときに使いますよ、と教えている。

 そして次に「廊下」を使って説明する。「走る」は「廊下を走る」となり、「遊ぶ」は「廊下で遊ぶ」である。我々日本人はこんなこと当たり前であり、ちゃんと使い分けている。でも生徒にはややこしい。

 しかし日本人でも紛らわしい場合がある。一般的には「公園を散歩する」が使われており、「公園で散歩する」はちょっと違和感を覚える人も多い。これは日本人のイメージとして公園は小さいものと相場が決まっており、小さな公園の中で散歩という動きが感じづらいからであろう。

 でも、スタンレー公園みたいな大きな公園であれば、「スタンレー公園で散歩する」にもあまり不自然さは感じない。個人の「広さ」や「大きさ」に対する感覚の違いや後ろにつく動詞によって、言葉の使い方も変わるのでややこしいが、興味深い。

 そして日本語教師養成講座の中でこの話をしていたら、今の若者はほとんど使わないようだが、「銀ブラ」が話題になった。一般的には「銀座をぶらつく」だが、映画や買い物や食事などいろいろなことをしようと思っている場合には 「銀座でぶらつく」のほうが適切な感じもする。

 そして、驚いたことにこの「銀ブラ」の語源は「銀座でブラジルコーヒーを飲む」からきているとのこと。でも調べてみると確かに大正初期にできた言葉で、当時はコーヒーといえばブラジルコーヒーだけであり、銀座でブラジルコーヒーを飲む、いわゆる「銀ブラ」がハイカラだったようである。びっくりだが納得である。

 日本人としてちゃんと教わった記憶はないが、ちゃんと使い分けている。川は「川で泳ぐ」も「川を泳ぐ」も両方使っているのに、海の場合は「海を泳ぐ」は使いにくい。「太平洋を泳ぐ」はスーパーマンしか使えないかも。母語の感覚のすばらしさと日本語教育の難しさを感じた次第であります。

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