2017年5月18日 第20号

 日本へ帰国して2日目、家の外から5歳くらいの女の子の甲高い泣き声が聞こえてきた。バンクーバーでは一度も聞いたことがないなぁ〜と思いながら聞いていた。カナダでは、子どもを虐待すると、親が罰せられると聞いたことがある。日本でも同じ法律を作ってくれたらいいのに、と思うこと度々。

 帰国間際に、私はかねてから行ってみたかったペンダー島に行ってみた。目的は、お箸の所作を教えながら、島の観光をすること。

 そこに日本人家族が住んでいて、私は、そのご家族と会う機会を得た。子どもが5人もいる。

 16歳のお兄ちゃんを筆頭に14歳の長女さん、12歳の次男さん、10歳の三男さん、そして4歳の末娘さんである。  お父さんは50代半ば、お母さんは50歳前後とお見受けする。

 こちらのご夫婦がなんと、とてもすばらしい子育てをしているではありませんか。思いやりと優しさにあふれて両親の手伝いをイヤな顔ひとつせず、素直に言うことを聞く。日本でいう、今時の子どもたちとの大きな違いに、ほれぼれしてしまった。

 到着後、ご家族みんなで作ったというランチの歓迎を受けて島巡りは始まった。4人掛けの大きなテーブルが2つつけてあった。その上に所狭しと料理がびっしりと置かれている。 食事の風景は、私たちが加わったことで少し緊張気味のようではあるものの、お行儀がよい。手の届かないものは、「あれが食べたいから取って」と穏やかな口調で話す子どもたち。とても育ち盛りのワンパク小僧がいるとは思えないほど、落ち着きのあるお子さんたちである。

 さて、食事が終わり、家族全員で出かける間際のこと。次男さんが急に「お留守番をしていたい」と言い出した。

 その時のお母さんの一言に感心させられた。

 「ねぇーお兄ちゃん、一人でお留守番できるのって12歳からだっけ?13歳からだっけ?」

 「13歳だよ」

 「一人でお留守番できるのは13歳になってからだから、まだ一人でお留守番できないんだって」

 とぼけた台詞にも一本取られた感じがする。しかし、その後の次男さんも凄い。文句も言わず、すばやく車に乗り込んだ。

 何気ない一コマではあったが、母親の子育ての能力がキラリと光る場面であった。今の日本で、このように穏やかに対応してくれる母親は、どれくらいいるだろうか?私も反省させられた。

 次に驚いたこと。私たち9人は、途中で父親グループと母親グループに分かれて行動した。私は母親グループで、1番目と2番目のお子さん4人行動。長男さんが「ママ、ちびがいないとサッサと歩けてラクだね」。いつも下の子の面倒をきちんとみているからこその一言。(普通それは母親の台詞だと思うよ。微笑ましく思った)。

 のんびりと歩きながら、対岸のすばらしい景色を眺めながら散策をしていた。

 その頃、父親グループの下の子3人は、上流から流れてくる水をせき止め、小さな池を作って遊んでいたようだ。

 その様子を同行した友人が教えてくれた。

 「今ね、足もとがよろけて女の子の片足が濡れてしまったのよ。それを見ていたお父さんは見て見ぬ振りをしていたのよ。私はお父さんが気付かないのかと思って、お父さんに靴が濡れてしまったんじゃありませんの?と小さな声で問いかけたの。そしたら首を横に振るだけで何も言わないのよ。叱りもせずに凄いわー」

 私はそれを聞いて、またまた驚いてしまった。日本ならば間違いなく金きり声で「なにやってんのよー。靴が濡れたじゃない。ん〜もう〜早く靴を脱ぎなさい」と怒りをぶつけるのがほとんど。

 でもそうじゃない。よろけてしまって靴が濡れて冷たい思いをするのは本人。それに不快を覚えたら次は気をつけるであろう。これが自立させるということなのか、無言の教えに感服してしまった。

 4歳の子どもは子どもでまた凄い。泣きもせず、「靴が濡れてしまった」とも言わず、ただ無言のまま平然を装っていた。一緒に遊んでいた小さいお兄ちゃんたちも知ってか知らずか、気にも留めず遊んでいる。

 普段の生活もこのごとくであろう。私はいっぺんに、このご家族が大好きになった。

 自宅に戻ると、今度は長男さんが、今はやりのズンバの先生だということで一緒に踊ってみた。私が若かりし頃のディスコのようだった。それを16歳の先生のもと、母親と、私、そして72歳の友人も動きの速さに必死でついていった。笑顔いっぱい、汗だくになりながら…。指導の仕方も上手で、穏やかな口調が動きと相反していたが、それがまた人間性を感じさせていた。

 踊りながら私は考えた。日本では、ディスコといえば、大抵の大人たちには理解しがたいものであり、そのために白い目で見られることもあった。

 どこに白い目で見られなければならない理由があったのか、昔を思い出していた。時代の変化に伴う大人の偏見としか思えなかった。

 今日は、予定外に子育ての神髄に触れることができた。 帰国寸前にすばらしい経験ができたことに感謝した。  

 

 以前、ある会社のオーナーさんが嘆いていた。仕事ができないので、親子面接をした時のこと。「うちの子どもは大学をでていますので、ちゃんと仕事はできます」と。「でも言われたことができていない」、「そんなはずはない」、親御さんとの押し問答なのだそう。全く信じられない話である。

 そんなことを思いながら、自立とは何か、自己責任は何歳からでも自覚できるのだと、深く納得させられる日になった。

 


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福本衣李子 (ふくもと・えりこ)プロフィール
青森県八戸市出身。接客コンサルタント。1978年帝国ホテルに入社。客室、レストラン、ルームサービスを経験。1983年結婚退職。1998年帝国ホテル子会社インペリアルエンタープライズ入社。関連会社の和食店女将となる。2005年スタッフ教育の会社『オフィスRan』を起業。2008年より(社)日本ホテル・レストラン技能協会にて日本料理、西洋料理、中国料理、テーブルマナー講師認定。FBO協会にて利き酒師認定。

 

読者の皆様へ

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