2018年3月29日 第13号

 『ニワトリの事』というエッセイを書いたのは、長男が10歳ぐらいの頃のことで、その頃、夏休み最後に催されるPNE(パシフィック・ナショナル・エキシビジョン)に行くのが我が家の恒例行事であった。その時、農業のパビリオンにひよこコーナーがあり、そこで頂いたひよこの話である。

 遠い昔を思えば、最近、亡くなられた古くからの友のことを思う。彼と僕が出会ったのは、僕がアルバータ州からバンクーバーに出てきた1972年頃で、お互いまだ、一人もんであった。彼は芸術家を夢見ていて、カナダで絵の勉強をすることが目的であった。その資金を稼ぐために、ただ一生懸命に働き続けた男である。一度、ノースバンクーバーの造船会社で一緒に働いたことがある。ある時、アルミニウムの船体をグラインダーで磨いていた時に、バランスを失い、10フィートの高さぐらいの足場から落ちたことがある。幸い、地面が砂地であったためか大きな怪我ではなかったが、それを期に造船の仕事はやめたが、それ以外にも二つ仕事を掛け持ちで頑張っていた。

 その後、彼がバンクーバー島に土地を買うと言うので、一緒に出かけた。一つは風光明媚な、海に近い土地で、区画整理のためか下水の準備などがなされるという。もう一つは、ハイウェイからかなり奥に入った山の中の1エーカーもある土地であった。彼が僕に「どっちがええかなあ?」と大阪弁なまりで聞く。僕は「海に近いほうが、将来売り易いと思うよ」とアドバイスをすると彼は迷った末、海の方の土地を購入した。晩年は、仕事のかたわら絵を描きつづけた。日本で美術学校に行かれたというだけに、彼の絵は、僕には好感が持てた。素人目ながら、当地出身有名画家のエミリー・カーと同じような印象を感じた。50枚近くの作品は、今年、彼のメモリアルを兼ねて、展示会をされるとのこと、楽しみなことである。

 北国の短い夏が過ぎ去ろうという8月終わりに毎年、バンクーバー市のPNEで博覧会が開催される。その中で4Hクラブの少年達が、ニワトリの卵を孵化させたばかりのヒヨコを5匹1ドルで売っているのを見学をした。小学生になる長男が欲しいと言うのでヒヨコと餌を買い求めて、家へ持ち帰った。孵化したばかりのヒヨコだから素人の私達が自宅で飼っても長生きはしないだろうと思ってのことだった。以前に小鳥を飼っていた鳥かごの中にヒヨコを入れて、夜には電球をつけて中を暖かくして、毛布をかぶした。

 日増しに寒くなり秋も半ばを過ぎた頃、ヒヨコもベースメントで大きくなり、庭に小さなニワトリ小屋ではなく、網の張ったニワトリ箱を作った。箱は地面から30センチほど上げて、格子の箱の底から、地面に糞が落ちるようにして、中が不潔にならぬようにした。11月頃になると、毎晩0度ぐらいまで温度がさがる。まだ、うずらぐらいの大きさのヒヨコがこの寒さをのりきるかどうかが心配であった。毎週、ペットショップでニワトリの餌を買ってくるのが妻の仕事となった。

 バンクーバーの冬は雨が多く、鬱々とし、そして日が短い。朝7時はまだ暗い。夕方5時頃には、もうあたりは暗い。自然、庭に出る機会も少なくなり、ニワトリの餌も、週に2、3回まとめてやるようになった。年を越す頃には、赤いとさかも出始めた。4Hクラブの少年が選んでくれたヒヨコは、ここまで大きくなったのである。5羽のうち1羽くらいは卵を産むだろうと私達家族も楽しみにしだした。

 しかし、その内1羽が弱りだし、歩くのがおぼつかなくなり、座っていることが多くなった。それから、毎日、朝晩、餌をやるようにして、時々、貝殻とか砂を餌に混ぜたり、果物とか、野菜の切れ端を入れてやるようにした。餌が十分あるからいいというものではない。同じ餌でも、毎日、僕が持って行くと食べようとするが、同じ餌を数日入れたままにしておくと減り方が少ないように見えた。ニワトリとのスキンシップが大切だということが頭にひらめいた。同じ餌でも鳥の状態を見ながら与えることが大切だということは、物が豊富な時代に私達が見失いがちのことであるまいか?

 子供に十分におもちゃ、小遣いを与えているからとか、塾や習い事をさせているからいいと言うものではない。親子の対話とか、先生と生徒の何気ない話し合い、心の触れ合いが大事ではなかろうか?

 ニワトリは日々元気になった。しかし、春も過ぎる頃には、私達の期待を裏切り、皆コケコッコーとなくようになったのである。皆、雄鶏であった。休みの朝、庭に出て、雄鶏たちの鳴き声を聞いていると、なんとなくのどかな気分になり、僕の楽しみの一つになったが、バンクーバー市から「市の中で不潔な動物を飼うことを禁じられているので移動するように」と手紙がまいこんだために、妻が郊外の知り合いのところに運んでしまった。

 それっきり、ニワトリとは縁がなくなってしまった。

 


<寄稿・投稿のお願い>
 本紙では、読者の皆様からのご投稿をお待ちしております。投稿欄は個人の意見を自由に述べていただくということを原則としていますが、文中、特定される個人、人種などを挙げて誹謗中傷している場合は編集部で削除させていただきます。投稿内容についてバンクーバー新報では事実確認はしておりません。また投稿内容は、バンクーバー新報の意見を反映するものではありません。オープンスペースとしてお気軽に使っていただきたいと思います。紙面の都合上、掲載日は確約できません。また、文字数は2000字以内とさせていただきます。編集部から不明な点などを確認できるよう、必ず連絡先を、また匿名を希望される場合は、その旨明記してください。

編集部

郵送先:Vancouver Shinpo: 3735 Renfrew St. Vancouver, BC V5M 3L7
Fax: 604-431-6892
E-mail: This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。