2020年3月19日 第12号

永遠に続く終焉のない対立問題

 「いつか必ず観たい!」、そう思っていた『主戦場』と題するドキュメンタリー映画が、二月半ばのVictoria Film Festival(VFF)で上映されることを知った時、私は切符発売開始の日にオンラインで購入した。今や世界の多くの町で上映されている作品で、第二次世界大戦中に日本軍によって組織された慰安婦問題をまとめた話題作である。

 上映当日の映画館の客層は、カナダ人の老若男女が大半を占めていた。予想したことではあったが、いわゆる日本からの移住者とおぼしき人たちの姿はほんのチラホラで、彼等の関心の薄さを物語っていた。

 一般の日本人としては、この問題が何時までも蒸し返され世論の対象となることに居心地の悪さを感じる人は少なくないだろう。ましてや、カナダという移住地に暮らす身にとっては、日本の恥部を晒されるような思いを味わう人もいるようだ。

 第二次世界大戦終結から74年経っても、また1991年8月にKim Hak—Sun(1924—97)という韓国の女性が、慰安婦としての過去を初めて公共の場で語った日から29年経った今でも、この問題に関する多くの論争は止むことはない。 それはそれぞれの立場から、それぞれの意見を持っている人々の考えがあるためで、恐らく今後も永久に終焉は見ないであろうと予測される。

 慰安婦問題に限らずドキュメンタリー・フィルムというのは、どの視点から制作しようとも、必ず賛否両論が聞かれるものである。まして韓国と日本の二国間で起こった人道的な問題となれば、背後には政治的、経済的、文化的、社会的問題が絡み一筋縄ではいかない。

  日系人監督のドキュメンタリー作品  私が一番関心を持ったのは、フィルムメーカーのミキ・デザキ監督がアメリカ・フロリダ州出身(1983年生)の日系二世であること。まだ30代半ばでこのドキュメンタリーを手掛けたことの意味や、目的は何であったのかという点だった。つまり日本人でも韓国人でもない監督が、どの様な立場から制作したのかを知りたかったのだ。

 対立する論客をこれほど数多く出演させることが出来たのは、監督自身が言うように、彼がどちらの立場にも属さない人物であったからだろう。登場人物の多彩さには驚くものがあり、それ故に2時間を超える長編になっている。その顔触れは日韓米国からジャーナリスト、憲法学者、政治学者、歴史学者など27名が次々に意見を述べている。

 制作の動機について監督は、多方面からの意見を知ることは日韓の理解が深まることに繋がるのではないかとの思いがあったからという。だが一つ気になるのは、彼が日系アメリカ人であるがゆえに、この複雑な問題をアメリカが日系人を戦時中強制収容所に送ったことに対して、後に賠償を行ったことと同列に考えている節が見られる点である。それゆえのフィルム制作であったようだが、それはいささか単純すぎるとの思いを強く感じた。

 VFFでの上映の後3週間ばかり経ってからは、ビクトリア大学で「The Comfort Women controversy: Political ramifications and censorship in Japan(慰安婦問題の論争:日本における政治的細分化と検閲問題"」と題する一般公開の講演会が開かれた。Pacific and Asian Studies学部の教授と助教授の二人が音頭を取り、アメリカでの上映会に出席中の監督をビデオで繋ぎ、若い学生80人ほどの前で公開討論会を開催した。

 隣席の学生に聞くと、これはJapanese Cultureを学ぶ授業の一環とのことで、皆PC持参でメモを取っていた。この討論会を若い学生たちがどう感じ、今後どの様に生かすか興味深い。

戦争によって犠牲になる女性たち

 日本が軍部主導で慰安婦を戦場に送ったという事実は、残念ながら確かにあったし、その犠牲者の多くが韓国人女性であったのも事実である。フィルムを観て、それぞれの立場からの意見を聞きながら、終始一貫私が思ったのは、戦争は如何に人間を狂気に陥れるか、ということであった。

 フィルムの中で一か所だけ触れているが、韓国もアメリカのベトナム戦争に協力した時には、自国の女性を韓国軍兵士のための慰安婦としてベトナムに派遣していたという事実が明かされている。表向きには「芸能人慰問団」と称していたとか。

 また2011年に発表されたアンジェリーナ・ジョリー監督/脚本によるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を背景にした物語『最愛の大地(In the Land of Blood and Honey)』でも、目を覆いたくなるほどの女性への(性)暴力が描かれている。

 いつの時代もあらゆる意味で戦争による犠牲者は市井の人々であり、中でも女性がその最たる標的にされるのである。だが多くの人間は過去に学ばない性であることが悲しい。

 

ビクトリア大学の公開討論会 

 


サンダース宮松敬子氏 プロフィール
フリーランス・ジャーナリスト。カナダ在住40余年。3年前に「芸術文化の中心」である大都会トロントから「文化は自然」のビクトリアに移住。相違に驚いたもののやはり「住めば都」。海からのオゾンを吸いながら、変わらずに物書き業にいそしんでいる。*「V島 見たり聴いたり」は月1回の連載です。(編集部)

 

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