2017年12月7日 第49号

真珠湾攻撃から太平洋戦争が始まった翌1942年、カナダ政府により「敵性外国人」のレッテルを貼られた 日系カナダ人は財産没収のうえ強制収容となった。

75周年の今年、当時を振り返る出版が相次いだ。そのうちの4冊が、11月25日午後、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市の日系文化センター・博物館1階ロビーで、著者・編者・訳者らを招き紹介された。

 

『希望の国カナダへ…夢に懸け、海を渡った移民たち』表紙(日系文化センター・博物館提供)

 

希望の国カナダへ… 夢に懸け、海を渡った移民たち
ブリティッシュ・コロンビア州から始まった日系史
アンリー&ゴードン・スィッツアー 著
GTP翻訳チーム 共訳 
TI-Jean Press 刊、440頁、29.95ドル

 

 原作は“Gateway to Promise – Canada’s First Japanese Community”(2012年初版)。

 著者で歴史家のアンリー&ゴードン・スィッツアー夫妻が、カナダの日系史を掘り起こし、背景となった社会情勢や出来事を調査した歴史書。同時に、まだ生存していた一世や彼らの子孫からのインタビュー内容を、数多くの写真と資料と共に盛り込んだ人間味あふれる読み物でもある。

 原書を手にしたブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア在住のジャーナリスト、サンダース宮松敬子さんが、2015年、翻訳プロジェクトを立ち上げ、今年8月、全訳を上梓した。

 出版記念の会場では、最初にスィッツアー夫妻が登壇し、原書の中から日系移民第一号とも言われる永野萬蔵の情報を探し求めて歩いた旅について発表した。

 次に宮松さんが、2年間の翻訳・編集作業について、この日に先立つインタビューと併せ、こう振り返った。

 「翻訳者は16人。400ページもの原書の翻訳分担の決定に加え、訳文の文体の違いや用語の統一に努力を要しました」

 編集プログラムへの入力時に、予想外の技術的障害と直面。コンピューターの画面を縦横くまなく見つめる日々が続いた。しかし、何よりも、「翻訳としての正確さを重視。また、日本語としての流れがスムーズであるようにと気を配りました」。

 数えきれないほどのEメールをプロジェクトチーム内で交わし、意見を交換。「チーム全員で作り上げた」と自負をうかがわせた。

 宮松さんは同翻訳書の中から、1892年11月、バンクーバー島南端のエスクァイモルトに寄港した大日本帝国海軍の巡洋艦「金剛」に乗船していた22歳の士官候補生クサノ・ハルマが病死し、英国海軍の協力で厳粛な葬儀が執り行われたことを紹介。クサノが同地にある英国海軍墓地で眠っており、この墓にビクトリア近郊に住んでいたコウヤマ・キヨが、1942年、日系人強制収容のためビクトリアを離れるまで毎月墓参りしていたことを話した。さらに、クサノは「坂本竜馬の隠し子か」とも言われていると(弊紙2017年6月15日号参照)、興味をそそられる話題にも触れた。

 

 

“DEPARTURES”表紙(日系文化センター・博物館提供)

 

DEPARTURES
Chronicling The Expulsion Of The Japanese Canadians From The West Coast 1942 -1949

John Endo Greenaway, Linda Kawamoto Reid, Fumiko Greenaway 著
The Nikkei National Museum & Cultural Centre刊、 204頁、19.95ドル

 

 1942年2月、ブリティッシュ・コロンビア州沿岸から内陸に向けて160キロ幅の「保護地域」から日系人の強制立ち退きが始まった。バンクーバー市のヘイスティング公園内の家畜小屋に寄せ集められた日系人は、その後、内陸部へ移動させられ収容された。また、ある者はアルバータ州やマニトバ州のシュガー・ビーツ(砂糖大根)農場や、オンタリオ州の戦争捕虜収容所へと送られた。日系カナダ人が西海岸へ戻ることを許されたのは1949年であった。

 本書では、戦中の日系人強制収容や強制労働に関する多くの写真、体験者からの話、当時の食事内容や調理法、手作りの生活用品、短歌や俳句などを紹介。さまざまな角度から、当時の生活を振り返る。

 また、戦中の日系人の経験が子孫らにいかに語り継がれ、どのような感慨を持って受け止められているかも織り込まれている。

 著者の一人で、日系文化センター・博物館の機関紙“The Bulletin”の編集者ジョン・エンドウ・グリーンナウェイさんは、本書刊行のきっかけとなり著者の一人として名前を連ねている母フミコさんの写真をスクリーンに映し出し、彼女の生い立ちを追いながら日系史との関わりを説明。本書の内容が「読者の心に触れるようにと望んでいます。実際に起こったカナダの歴史の一部ですから」と会場に語り掛けた。

 もう一人の著者、日系文化センター・博物館の調査記録員リンダ・カワモト・レイドさんは、「この本は、日系カナダ人のそれぞれの世代の声がこだまする本。多様な文化と民族が共存するカナダにあって、日系人の遺産を物語っています」と述べた。

 

 

“WITNESS to LOSS”表紙(日系文化センター・博物館提供)

 

WITNESS to LOSS
Race, Culpability, and Memory in the Dispossession of Japanese Canadians

Jordan Stanger-Ross, Pamela Sugiman編
McGill-Queen’s University Press刊、 252頁、29.95ドル

 

 1942年、カナダ政府による日系カナダ人の財産没収・強制収容で、木村岸三の生活も覆された。しかし木村は、他の日系人とは違う立場に身を置かねばならなかった。それは、日系人の財産没収を行った政府委員会のメンバーとして、自らのコミュニティーの崩壊に直接関わったことだ。

 木村はまず、1942年、日系カナダ人の漁船950の没収と売却に関する委員会のメンバーになった。翌43年には、日系カナダ人所有177の不動産の没収と売却に関する委員会に加わり、土地のみならず無数の物品の売却にも関わった。

 本書は、木村が後年に記した当時の記憶や記録など未公開の内容をまとめ英訳したもの。ブリティッシュ・コロンビア州での人種差別の歴史をたどり、日系カナダ人に降りかかった財産没収を浮き彫りにする。

 歴史家・社会学者・コミュニティーの活動家・教育者からの、木村の立場についての意見も紹介している。

 会場では、木村の子息の一人エド・キムラさんがスピーチを行った。 「戦後、父が何かを書いていた思い出はある。でも父は戦中のことを家族に話さなかったので、内容は知らなかった」と岸三の思い出を語った。

 編者の一人でビクトリア大学のジョーダン・スタンガー−ロス歴史学准教授は、「物議を醸す木村の行為を理解するには、時代背景と日系カナダ人らが強制的に置かれた立場を鑑みなければならない」と本書で書いている。会場の壇上からも、木村を擁護する姿勢が伝わってきた。

 なぜ木村が二つの委員会のメンバーに選ばれたのか。難しい立場に立たされることを知りながら、なぜ木村は委員会に加わることを承諾したのか。後年、「若い人々に理解してほしい」と彼は書いている。

 木村の行為は責められるべきか。それとも酌量されるべきか。後世にどのように記憶されるべきなのか。読者への問い掛けだ。

 

 

“The Tree Trunk Can Be My Pillow”表紙(日系文化センター・博物館提供)

 

The Tree Trunk Can Be My Pillow
The biography of an Outstanding Japanese Canadian Tadashi Jack Kagetsu 著
University of Victoria Press刊、 250頁、25.00ドル

 

 かつて「林業王」と呼ばれた日系カナダ人がいた。花月栄吉だ。

 花月は、1883年(明治16年)、和歌山県日高郡で煙草店を営む家族に生まれた。しかし、明治政府による葉煙草専売法の制定で家業は失われる。その際に政府から与えられた保証金を持って、1906年(明治39年)、花月はカナダに渡った。当時、日本からカナダに来た人々の多くは西海岸で漁業に携わった。しかし、花月は林業に就いた。挫折と再起、知恵と工夫でそのうち事業に成功した花月はLumber Baron「林業王」とまで呼ばれるようになった。

 1941年(昭和16年)太平洋戦争勃発。翌42年のカナダ政府による日系人の財産没収と強制収容は花月にも及んだ。

 戦後、花月はバンクーバーとトロントで、日系社会の復興と発展に尽くした。(弊紙2016年10月6日号参照)

 本書は、1967年(昭和42年)に花月が没した後、彼の息子ジャック・カゲツさんが、10年以上かけ、カナダ国内なみならず北米を旅し、日系史から忘れかけられていた父・栄吉の手記、遺品、関連記事を集め、父との思い出なども含めてまとめた家族の歴史だ。ジャックさん自身も2006年に逝去した。

 年配者へ敬意を払う風習、カナダ社会への貢献と戦中の喪失など、日系コミュニティー全体の姿も、花月栄吉という並々ならぬ功績を遺した個人の生涯に投影して語られている。

 ジャック・カゲツさんが集めた資料類の調査・保存に関わった日系文化センター・博物館の館長シェリー・カジワラさんは、米国のジャックさん宅を訪れた際、多数の箱に収められた資料類を見て驚いたことを語った。また、「花月」というかぐわしい苗字は、同家の遠い祖先が舞踏家で、秀でた芸を宮廷から認められ、褒美として選ぶことが許されたものと説明した。

 

●4冊いずれも、日系文化センター・博物館内のギフトショップで購入可能。

  “The Tree Trunk Can Be My Pillow” は、ビクトリア大学のePablishing Services、 https://onlineacademiccommunity.uvic.ca/press/books/titles/tree-trunk-pillow/ でも購入申し込みができる。              

(取材 高橋 文)

 

アンリー&ゴードン・スィッツアー夫妻

 

スクリーンに翻訳チームの写真を映し出してスピーチを行うサンダース宮松敬子さん

 

 

 

ジョン・エンドウ・グリーンナウェイさん(左)とリンダ・カワモト・レイドさん

 

 

 

ジョーダン・スタンガー-ロス准教授

 

エド・キムラさん夫妻

 

 

 

シェリー・カジワラさん

 

関係者の刊行努力とカナダ日系史への貢献を讃えた岡井朝子在バンクーバー日本国総領事

 

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。