物理学者 藤原真琴博士インタビュー

 

「反物質」という言葉を聞いたことがあるだろうか?物質とは符号だけが反対の粒子から成り、存在は証明されているが地球上に存在しないという不思議なものである。 この反物質を研究する国際共同プロジェクト「アルファ」に参加しているカナダチームを率いているのがTRIUMF(トライアンフ研究所)研究員の藤原真琴博士。2011年に1000秒の反物質閉じ込めに成功し、ネイチャー誌に発表。今年2月には、NSERC(カナダ自然科学工学研究会議)のJohn C. Polanyi賞を受賞した。 7月18日、サイエンスワールドで、トライアンフ研究所、サイエンスワールドなどの共催による講演会で「What’s matter is Antimatter」を講演。約400人の満員の会場で、これまでの反物質の研究経緯を発表した。インタビューでは研究内容の他に、反物質の可能性や研究する意義についても語った。

 

 

セルン研究所で。中央で「アルファ」のカードを持つのが藤原博士。2010年11月、反水素原子の閉じ込めに初めて成功したときのアルファカナダチーム記念撮影(写真提供:藤原真琴博士)

  

「反物質」とは

 「反物質」とは、比喩的に言うと双子の兄妹みたいなものだという。一緒に生まれ、性質は同じだが性別だけが違う。物理学的に言うと、物質と一緒に生まれ、性質は同じだが粒子の電荷だけが逆になっているもの。  例えば、最も単純な水素原子で説明すると、水素は正(プラス)の電荷を持つ陽子と、負(マイナス)の電荷を持つ電子で構成されている。これに対し、負の電荷を持つ反陽子と、正電荷を持つ反電子(陽電子)で構成されているのが反水素原子。陽子と反陽子、電子と陽電子は、質量などの性質は同じで電荷符号だけが逆になっている。つまり、電荷符号だけが逆になっている粒子「反粒子」で構成されているのが反物質という説明である。 反物質は、物理学の2大理論、相対性理論と量子力学が確立した後、この二つの理論が整合しない点からイギリスの物理学者ポール・ディラック博士が導いたディラック方程式の中に理論として予言された。1932年、まず陽電子が発見され、ディラック方程式が証明される。1955年反陽子・反中性子が発見された。  物質と反物質は、衝突すると対消滅を起こすことが分かっている。そうすると、物質、反物質ともに消滅するはずだが、物質だけが残り、反物質は消滅。現在地球上には物質だけが存在し、反物質はほとんど存在していない。その自然界に存在しない反物質を作り出し、研究しているのが、国際共同プロジェクト「アルファ」。スイスのジュネーブ近郊、セルン研究所で行われている。

 

国際共同プロジェクト「アルファ」

 セルン研究所とは、欧州原子核研究機構(CERN)のことで、素粒子や原子核など物理学分野の研究拠点である。ヒッグス素粒子の研究でも有名。  ここで研究されているテーマの一つが反物質。「アルファ」は反物質を研究する国際プロジェクトチームの一つ。世界8カ国が参加し、藤原博士が率いる「アルファカナダ」は、その中でも最大グループ。カナダの4大学とトライアンフ研究所が参加している。  アルファカナダは、反物質の検出・観測と反水素原子の分光を2大テーマとし、そのための実験装置の設計、組み立て、製造、実験からデータ分析までを担当している。反物質の検出と観測では、特殊装置を使い、反水素原子を閉じ込めて(トラップして)消滅反応を起こし、発生した高エネルギー粒子を観測する。  反水素原子の分光とは、マイクロ波を使って、反原子が出す光を色分けし観測する作業。光の色で原子の内部構造が分かるため、水素と反水素の光の色を比較し違いを検討する。ディラックの理論によると内部構造は同じでなければならないという。違っていれば理論自体を書き換えることになる。つまりは物理2大理論にも影響する。  これらの実験装置の設計やテストはカナダを含む各国の大学・機関で行われ、それをセルン研究所に運んで、組み立て作業などを経て実験を開始する。そして実験結果を持ち帰り、分析する。

 

 

 

サイエンスワールドでの講演後に行われた質疑応答。右端が藤原博士。2014年7月18日

 

反水素原子の千秒閉じ込めに成功

 反物質研究の構想は2003年から04年で、04年から05年に設計、2006年に実験開始。そして、2010年11月反水素原子のトラップに成功した。時間にして0・2秒。それでも画期的な成功実験として、イギリスの科学誌ネイチャー(電子版2010年11月17日付)に発表され、注目を集めた。この成功により、アルファカナダが目的としている2大テーマが成功へと導かれていく。  実は2010年の成功の前に2009年に成功したと思われる兆候が確認された。かなり強い兆候だったが、公に発表するかということで議論になったという。「解釈が間違っているという可能性があるかもしれない」と、議論を重ねた結果、その時は反水素のトラップ成功を発表しなかった。その後、1年以上かけて完全に自分たちの解釈が正しいことが証明できるようになり、ネイチャーへの発表となった。  そして2011年6月には1000秒以上(約16分)のトラップに成功。ネイチャー・フィジックス2011年7月号(電子版6月5日付)に藤原博士を執筆責任者とする論文がアルファコラボレーションとして掲載され、話題になった。  2012年には、もう一つのテーマ、反水素原子のマイクロ波による分光に世界で初めて成功する(ネイチャー電子版2012年3月7日付に掲載)。  こうした功績により、アルファカナダとして2014年2月3日John C. Polanyi賞を受賞。オタワでの授賞式では代表があいさつした。  2011年にはアルファプロジェクトのメンバーとしてAPS(アメリカ物理学協会) のJohn Dawson Awardを受賞。アルファカナダからは藤原博士が受賞した。アルファプロジェクトの反物質の研究成果が賞という形で認められていった。

 

誰も見たことがない反物質の重力を測る

 反物質の研究は、2004年にトライアンフ研究所の研究員として戻ってから始めた。当時はほかのプロジェクトを行うことになっていたが、「反物質の面白い実験があるから」と他の研究者を誘った。UBCで博士課程修了後、ジュネーブでアルファの前身となる実験に参加していたという経緯もあった。  カナダで賞を共同受賞した7人の研究者を、当時一人ひとり誘っていった。予算申請前の段階からの出発。反対もあったという。それでも2005年連邦政府機関からの予算が認められ、実験へと進んでいくことができた。当時を振り返って、「人を巻き込むことはなかなか大変ですね」と笑った。  反物質には子供の頃から興味があったという。SFや科学の一般向けの本などを読んでいると反物質やブラックホールが出てくるのだそうだ。「ほんとはジャーナリストになりたかったんです」。でも、なれなかったから科学者になったのだと笑った。しかし、サイエンス少年だったことは間違いない。そうして今回、反物質研究で大きな成果をあげるに至った。  藤原博士は受賞について、「これまで支援してくれた人たちに恩返しができたという感じで、すごく嬉しかったです」と語った。反物質については「あんなのやっても意味がない」と反対する声もあったという。それでも研究を応援してくれた人たちにようやく報いることができたと喜んだ。  今年から実験は次の段階に入る。現在はアルファ2という名前の装置を製作し、レーザー光による分光を成功させるための実験に取り組んでいる。その先には「アルファG」という反物質の重力を測る実験構想もできている。  これは、「反水素原子のトラップに成功して、かつ1000秒保持できた時から思いついていたもの」と藤原博士。それ以来、この構想に「憑りつかれている」と笑う。理論的には、物質も反物質も同じように落ちるはずなのだという。「でも誰も反物質が落ちるところを見たことがないんです」。  アルファ2装置にもその構想を取り入れたかったそうだが、設計段階で難しいと見送られた。どうやら重力を測るという面白さがうまく伝わってなかったのも原因だったかもと振り返る。「共同研究というのは、自分の主張が通らないこともありますから」と次回に期待だ。

 

 

トライアンフ研究所での活動の様子。(写真提供:藤原真琴博士、Photo credit:NSERC、2014年1月17日)

 

反物質の解明は宇宙を解明すること

 なぜ反物質を研究するのかについて、宇宙の成り立ちと物理の根本法則を知りたいという知的好奇心だと語った。  「僕らは純粋な科学の研究をしていて、宇宙の成り立ちがどうなっているかとか、物質がどうやって存在するようになったのか、反物質はどうなっているのか、なぜ今、宇宙からなくなったのかという興味がひとつ。もう一つは、反物質っていうのは現代物理の2大柱である、相対性理論と量子力学から予言されたものなので、反物質を調べるというのは、現代物理の根本を調べるということになるんですね。それは、物理の法則の中でも憲法と言いますか、ある意味、根源的な、哲学的な意義があるのかなって思うんです」  ほかにも反物質は将来的に応用技術につながっていくことも考えられるという。現在は、陽電子が病院などのPET(陽電子放出断層撮影)で応用されている。  「宇宙の根本がどうなっているのかに興味があって、宇宙というのは物理の法則に基づいて成り立っているわけですから、法則が分かれば宇宙も分かるわけですよね。そういう意味で、根本法則の方が面白いかなって最近思うようになってきたんです」と語った。  限りなく広がるという言葉すらちっぽけな表現でしかない宇宙の成り立ちを知るために、反水素原子というミクロの世界を研究する。構想から10年以上。関係者の努力と支援と、そして運を味方につけて「実験成功」を重ねてきた。最先端技術を駆使した実験を成功させるには、全てがピタリとはまる瞬間が必要なのだという。その瞬間は「まさに運」なのだと笑った。努力の先に物理の神様が下りてくるのだろう。  藤原博士率いるアルファカナダをはじめとする反物質研究、アルファプロジェクトの活動にこれからますます注目だ。 セルン研究所アルファサイト http://alpha.web.cern.ch/

 

藤原真琴博士プロフィール

物理学者。トライアンフ(カナダ国立素粒子原子核物理学研究所)研究員、カルガリー大学客員教授。アルファカナダ代表。1999年UBC博士課程修了。 www.triumf.ca/alpha 

 

インタビュー後、UBC構内にあるトライアンフ研究所前で 

    

(取材 三島直美)

 

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