「日本とカナダ間の経済潮流」

~BC州経済の動向と展望について、業界トップが語る~

 

7月21日、日本・カナダ商工会議所主催のパネルディスカッション「日本とカナダ間の経済潮流」がコースト・コールハーバー・ホテルで開催され、カナダ三井物産の内藤修之氏、JTBIカナダ社の翁長功氏、バンダイナムコスタジオの中山淳雄氏、UBCの中村政男教授の4人がパネリストとして登壇した。異なる分野で活躍するプロフェッショナルの洞察力溢れる分析に、出席した約100人が熱心に聞き入った。

 

 

異なる業界で活躍する4人のパネリストを迎えたディスカッションでは、幅広いトピックが取り上げられた

 

日加商工会議所主催のパネルディスカッションがコースト・コールハーバー・ホテルで開催され、約100人が参加した

 

 今回のイベントでは、まずそれぞれのパネリストが各業界の動向を説明し、その後、モデレーターを務めた日加商工会議所副会長・前会長の上遠野和彦氏からの質問に答える形で意見を交換した。その内容の一部を以下に紹介する。

 

カナダ三井物産副社長兼バンクーバー支店長内藤修之氏

 

カナダ三井物産副社長兼バンクーバー支店長の内藤修之氏

 

日本とカナダの食糧貿易関係

 農林水産業はカナダ経済の中で重要な産業であり、世界的に見ても、小麦、菜種、豚肉などで国際市場への供給の大部分を担うカナダは、他国にとってなくてはならない存在だ。特に日本では、小麦は輸入量の27%、菜種は96%、豚肉は22%がカナダ産。パンやサラダ油などを通して、カナダは日本人の食生活を支えている。しかし、安定供給国として評価されてきたカナダにおいて、深刻な課題も出てきている。例えば2013年には、穀物・油糧種子が史上最高の生産量を記録したにもかかわらず、大量の輸送需要に対して鉄道輸送が追いつかない状況が発生。西海岸のバンクーバー港とプリンス・ルパート港で長期滞船が常態化した。また、アジアからの需要が年々拡大する中で西海岸における港湾積出能力も逼迫している。これを受けて、現在官民が協力して鉄道輸送能力と港湾積出能力の強化を進めており、今後BC州がアジア太平洋地域へのゲートウェイとしてさらに成長していくことが期待される。

企業規模の拡大が成長の鍵

 これからの十年、二十年について考えてみると、世界の国々の中で、資源に恵まれたカナダの地位が向上していくのに対して、日本の地位低下リスクは大きい。また、日本とカナダのどちらにおいても国内消費の伸びは限定的であり、企業にとっては海外市場進出がより重要になるだろう。そして、企業が世界を舞台に成功するためには、企業の規模を拡大することが必要だ。例えば食品分野では、日本のラーメンチェーンの高い技術が海外市場で広まっているにもかかわらず、利益はほとんど日本に入って来ないケースなどが見られる。企業規模を拡大すれば、交渉力や利益確保などの面で、大きな強みになるだろう。

 

 

JTBIカナダ社取締役 翁長功氏

 

JTBIカナダ社取締役の翁長功氏

 

日本人海外旅行者の推移とJTBのビジネスモデル

 過去40年を振り返ると、日本の旅行業界は大きく変化してきた。1970年代にカナダが旅行先として認識され始めてから、カナダへの日本人旅行者数は増加し続け、1996年にピークの72万9000人に達した。しかし1997年のアジア通貨危機で、日本の経済構造と社会環境が一変。海外旅行をする人が減ったのはもちろん、人気の旅行先がアジアにシフトしたこともあり、カナダへの旅行者数は急速に減少し、2009年には19万8000人に落ちた。世界の他の地域の交流人口が増加する中、JTBのビジネスモデルは日本を中心としたスター型から、世界のあらゆる地域を取り込むメッシュ型へと変化している。つまり、「日本発・世界着」から、「世界発・世界着」への経営哲学の変換だ。

世界の旅行業界の変化と展望

 世界の大手旅行会社の取扱額を見てみると、2009年には総合旅行社のTUI、カールソン・ワゴンリー・トラベル、トーマス・クック、JTBの四社が上位を占めていたが、2013年には、これらを抑えて、オンライン旅行サイトのエクスペディアが第1位、プライスラインが第2位に躍進。ウェブ販売が急速に拡大する中で、JTBの市場シェアは縮小している。しかしその一方で、カナダでは全日空のバンクーバー・羽田便就航や、NHK連続テレビ小説「花子とアン」の好影響など、さまざまな良い要素も出てきている。また、観光庁の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」などが奏功し、カナダから日本への旅行者数は上昇傾向にある。「世界発・世界着」を念頭に、国際的な視野でビジネスをすることが、今後の成長につながる。

 

 

バンダイナムコスタジオ・バンクーバー社副社長 中山淳雄氏

 

バンダイナムコスタジオ・バンクーバー社副社長の中山淳雄氏

 

ゲーム業界の変化と バンダイナムコの挑戦

 ゲーム業界も旅行業界と同じように、1996年までは成長し続け、その後は冬の時代を迎えた業界の一つだ。しかしモバイル時代の到来が追い風となり、ソーシャルゲームが急成長。ディー・エヌ・エーやグリーなど、従来のゲーム会社とは全く違うビジネスモデルを持つプレイヤーが突如現れた。長い歴史を持つバンダイナムコも時代の流れに乗り、売上を順調に伸ばしている。しかし、その売上の伸びのほとんどは日本市場から来ており、海外では伸びていない。その理由の一つは、日本で人気のゲームは、日本市場でしか売れないということだ。それに対して、北米市場で人気が出たゲームは、世界中で売れる。バンダイナムコの北米における唯一の生産拠点であるバンクーバー支店の壮大な使命は、北米で売れるゲームを開発し、世界に挑戦することだ。

レガシーを捨て、 ブレンドを作ること

 日本とは違う文化の中で生まれ育った北米の人々にとって面白いゲームとは何なのか。日本企業がそれを開発するのは非常に難しい。外から見ると「楽しそう」と思われることもあるゲーム業界だが、多くの資金と時間を費やして制作したゲームが全く売れないかもしれないという恐ろしさと背中合わせだ。成功するためには、異なる能力を持つ人材を集め、クリエイティブなだけでなく経営上手な集団として成長していかなければならない。もちろん日本の良さを捨てる必要はないが、レガシー・カンパニーに存在する多くの非合理的な部分は捨て、新しい人材と日本の知恵を組み合わせたブレンドを作ること。日本企業が世界で通用するゲームを創り出し、日本のコンテンツ産業の存在感を高めれば、それは他の業界にも連鎖し、日本全体を盛り上げるだろう。

 

 

UBCサウダー・ビジネススクール&アジア研究所 中村政男教授

 

UBCサウダー・ビジネススクール&アジア研究所の中村政男教授

 

大学教育が国際ビジネスに

 大学教育は従来公共サービスとして捉えられてきたが、近年、特に北米、オーストラリア、ヨーロッパでは、それが国際ビジネスとして成長している。カナダの大学も、外国人学生の獲得に非常に積極的だ。この背景には、公立大学であっても政府の助成金だけに頼っていると、それが削減され、運営に支障が出るリスクが高いという事情がある。外国人学生に関しては、授業料をカナダの市民権・永住権を持った学生の授業料よりも格段に高くできる上、一部では授業料を高くするほど、優秀な学生が集まるという興味深い現象も見られる。それに加えて、カナダの大学で学んだ外国人学生は、カナダの文化やビジネスモデルに馴染んでおり、将来的に自国に戻った後も、カナダと自国の関係の発展にさまざまなかたちで良い影響を与えてくれる。日本の大学においては現在北米ほどには進んでいないが、国内市場が縮小する中で、今後外国人学生の受け入れが進むだろう。

組織の効率性と 日加間の交流への期待

 教育をサービス産業として成長させる傾向が強まる中、日本とカナダの大学を組織として比較してみると、効率性の面で大きな違いがある。例えば、カナダ、あるいは米国の大学では、専門知識を持つ人を一カ所に多く集めることで、お互いの専門性をより高めるようなスケール・エコノミーの実現を目指す。それに対して日本の大学では、昔から商学部がある大学に、別にビジネススクールを作り、教える内容が重なっているにもかかわらず、商学部とビジネススクールの教授陣が交流していないケースなどが多く見られる。これは組織として非効率だ。日本とカナダの間で、学生はもちろんのこと、研究者や教授の交流もより盛んになれば、大学の組織としてのあり方についても理解が深まり、大学教育の発展に貢献するだろう。

 

 

 日本とカナダだけでなく、世界を俯瞰する広い視野を持った4人のパネリストによるディスカッションは、異なる業界における共通点を浮かび上がらせ、世界的な経済潮流を感じさせた。参加者の関心は非常に高く、質疑応答に加え、イベント終了後もパネリストに質問をする人が後を絶たなかった。    

(取材 船山祐衣)

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