アーティスト テリー佐々木さん

カナダプレースと一体となり、大規模なイベントが年中開かれているパンパシフィックホテル。その空間で26年間「ササキ・アート・ギャラリー」を続けてきたテリー佐々木さん。流行の激しいアート・服飾の世界で生き抜き、確実にファンを増やしてきたその秘訣は何なのか。テリーさんの思いと行動にその解を求めていく。

 

 

26年間続けてきたSasaki Art Galleryにて

  

自分の生き方を求めて芸術の世界へ

 21歳でカナダに移住。絵を描くこと、物を創り出すことへの情熱から、青年期には各種のアートクラスを受講した。「東洋の感覚を出すには和紙を使って」それが切り絵を始めた動機だった。テリーさんはその技法を独創的に活用。「切り絵の先生には邪道と言われましたが、僕はそのテクニックを通して何かを表現したかっただけなんです」。バンクーバーで1986年に開催されたエキスポでは、カナダ館で切り絵のアートショーを実施。テリーさんの存在はカナダのテレビや雑誌にも取り上げられた。企業から商業パンフレットのための切り絵製作の依頼も請け負うようになった。そうした展開から、米オハイオ州で長い歴史を持つ製紙会社Beckett Paper Companyからグラフィックコミニュケーション賞を受賞したのは1988年のことだ。

 

何もないところから引き上げてくれた

 「絵で生計を立てるのは難しいと皆さんおっしゃいますが、10年しがみついていたら何かが生まれます。だから辛抱も必要。僕がラッキーだったのは出会いがよかった。東急さんが僕に店を開いてくれたんです」。パンパシフィックホテルは日本の東急グループが創業したホテルである。同社の経営者と出会い、ホテル内に店を開く提案を受けた。「僕には5000ドルしか貯金がなかった。でもお店のカーペット代だけで5000ドルかかるというんです。だから最初は東急さんも無理だと言っていたんですが、『ちょっと待て、君のこれからの10年に賭けてみようじゃないか』と言われましてね」。テリーさんのクリエイティブな才能に加えてオープンで正直な態度、そして絵に真剣に打ち込む姿勢が経営者の胸を打ったのだろう。ホテル側から店舗スペースの提供を受けて、1988年に自分と友人の絵を飾る画廊をスタートした。「開いたお店には絵とテーブルがひとつだけ。『シンプル・イズ・ベスト』なんて言っていましたが、ただお金がなかっただけです」。その後はビジネスの先輩からの役立つ助言や支援が大きな推進力となった。「ギフトを贈る際にいつも僕の店で絵を買っていってくださったり、その頃多く進出してきた日本企業の方たちと僕をつないでくださった方のおかげで、支店に絵を納めるという仕事を次々いただくことができました」。  ホテル客にはアメリカ人が多く、アメリカに商品を送ることも頻繁になっていった。「ここはどんな人が来るかわからない。マレーシアの王妃が来たこともあるんですよ」。

 

 

油絵と和紙の組み合わせが作品に奥行きを与えている

 

静と動のバランスを大切に

 「テリーさんの作品には華がある」と顧客たちは評する。その鍵となるのは色。「ビビッドな色遣いがしたいんです」。出身は鹿児島県屋久島。暖かいところに生まれ育ったせいか、ハワイに惹かれる。「僕の絵の原点はハワイにある。ハワイの色を見ると何かゾクゾクとかき立てられるんです」。その感覚のすべてを作品に入れ込む。時にはキャンパスに直接、絵の具を付けた自分の手で。塗りこまれたものが放つエネルギーを信じている。  「世界のすべてに『静と動』がある。その静と動、そして妖艶な世界を表現したいんです」。そのほとばしる思いが、絵という2次元の世界に、もうひとつの次元を加えずにいられない。油絵作品に、着色した和紙を貼り付けて立体的に仕上げる。近くで見ると、その和紙の細かな造作に目が惹き付けられる。   絵でスタートした物作りは広義のアートへと展開。洋服、アクセサリーのデザインも手がけるようになった。「バランスが大事」と、物作りでは「静と動」同様、対になる要素を積極的に取り込む。例えばあるネックレスでは清潔さを出すために真珠を並べ、そこに一つチベットで見つけたドラゴンのデザインの玉を入れた。「何かを混ぜることで命を入れるのが僕の仕事だと思っているんです」。

 

商品へのこだわり

 「資本金なしでもなんとかやってこれた」のは、委託販売の形で他のアーティストの作品を売ってきたおかげでもあるという。そのなかで売れる物、売れない物、顧客の層などをつかんでいった。そして行き着いた方針は「手作りへのこだわり」だ。  「商売は70パーセントと30パーセントの世界。何か普通と違う物を求めている30パーセントの人に向けた物を」と焦点を合わせ、特に顧客にアピールする色を見定めて洋服ほかの商品をデザイン。あとは外部アーティストの創作力に委ねて作品を作りあげている。  洋服を手にとってみると洗練されたデザインにもかかわらず、何かほっとするのは和風の生地が持つ質感のせいだろう。そして丁寧な縫製ぶりや着心地のよさに驚く。価格も手頃な値段から高価なものまで幅広いのも人気の秘密だろう。  販売を担当するスタッフには、店に来る人と商品との接点を見つけるコミュニケーターになるようにと指導する。どんな色やデザインが似合うか、それを見いだすセンスが問われるところだ。

 

 

水しぶきがはじけ飛ぶ様子を和紙で見事に表現

 

発想とエネルギー補給のために

 しかし、「売っても売っても売れない時期」も経験した。店舗スペースを思い切って縮小した経緯もある。「でも僕は失望したことがないんですよ。それは人に期待しないから。でも期待せずに生きていくことは難しい。だから僕は自分に期待する。自分に期待すると、もしその時々にうまくいかなかったとしても、またチャレンジしてやってやろうという気持ちになるんです」。「人はいつも新しいものを求めています。だからイノベーションが大事」。  前向きに創り続けていくために旅に出る。今では毎年冬場に3回は海外へ。「視点を変えるために旅に出ます。そして感覚を養って、旅先で集めたもので創作するんです。外に出て行くことによってエネルギーを持ってくることができると体験でわかったのです」。以前はビーチ、今は山。たとえばチベットを歩いて、そこに暮らす人たち、物の色遣いやアクセサリーの作り方を見てインスピレーションやコンセプトを受け取るのだという。

 

先輩がしてくれたことを自らも

 「ストレスの解消は料理」というテリーさんの自宅では時々「テリーズキッチン」なる集いが開かれる。そこには健康のために始めたヨガのメンバーや、テリーさんの温かい人柄に惹かれた人たちがやってくる。そうした中、好きな事を仕事にして公私ともに充実した生活を送るテリーさんのように、どうしたら夢を実現できるのかとの相談も多い。記者が店内でテリーさんから話を聞いている時にも、そうした若者が話をしたいと訪れた。そんな彼らに「自分も先輩たちに助けられたから」と懇切丁寧に話を聞き、助言する。簡潔に大事なことを伝えたいと仕事への心構えをまとめたメモも用意している。そこには「求めなければ授からない。思い入れがなくても仕事はできるが、思い入れを入れると仕事は楽しくなる。視点を変えると行動が変わる。行動を変えると人生が変わる。明確で具体的な目標、コンセプトを作成し、理想と現実の差を知り、その差を埋めていく努力をする。書く事が大切。夢を現実にするには強い意志と願望が必要」等々と書き綴られている。また助言だけでなく、賛同者の力も借りて、若い人たちへ飛躍のチャンスとなる場も与えてきた。これまで自分を支えてくれた人たちへの恩返しの気持ちは、各種団体のチャリティーショーへ作品をドネーションすることでも形にしてきた。その数は数えきれない。

 

今後のテーマ

 人生の新たな節目と感じている今、創作魂の中心にあるのは「原点への回帰」。民族の伝統的な工芸品の作風に注目している。「そこに僕は自分らしい華を入れたいんですね」にこにこと語る瞳には、形になるのを今か今かと待っている無数の作品が映っているようだ。

 

「人生の中にいろんな色がある。暗い中からもポンと抜けるときがある。それは華やかさが人間にあるから」とテリー佐々木さん

 

Sasaki Art Gallery

Pan Pacific Hotel Vancouver

302-999 Canada Place

Vancouver

www.sasakiartgallery.com

 

(取材 平野香利)

 

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