2019年8月22日 第34号

8月17、18日にリンダ・オオハマ氏が脚本、監督を務める演劇、「From the Inland Sea」がブリティッシュ・コロンビア州リッチモンド市のスティーブンストン、ムラカミハウスに隣接する、ボートハウスにて上演された。オオハマ氏は、バンクーバー在住の映画監督である。受賞経歴もあり、作品には、「A Sense of Onomichi」や「東北の新月」などがある。ムラカミハウスは、今回の舞台の主人公である、オオハマ氏の祖父、オトキチ・オムラカミ氏が暮らしていた家であり、国定史跡に指定されている。

 

︎リンダ・オオハマ監督(右)と母チヅコ・オオハマさん(左)

 

祖父の一生と孫との絆

 この演劇は、広島から移民してきたムラカミ氏の一生を、彼の夢と苦悩と共に描いたものである。オオハマ氏が厳しい祖父を、彼が生きている間になかなか理解できなかったことを悔やみ、作成された。舞台の演出は、スクリーンの映像と演劇を混ぜたものになっている。

 冒頭では、スクリーンに映像を映し、オオハマ氏のナレーションと共に、映画のようにスタートする。ムラカミ氏の幼少期では、スクリーンの前で、師匠と弟子の関係を演劇で表現した。お互い言葉は発しなかったが、それがさらに二人の深い関係性を表し、観客は物語の中に一気に引き込まれた。

 また、映像とムラカミ氏の精霊のダンスが絶妙なコラボレーションを生んでいた。精霊は、始めはスクリーンの裏にいたが、ムラカミ氏の環境の変化とともに感情の変化が大きくなるにつれ、スクリーンの表に飛び出す。

 ムラカミ氏は、カナダに降り立った時は、何もかもが広く、大きなカナダに圧倒され、日本はすべてにおいて小さく小さくなるように考えると対比する。そして、カナダで暮らして、幸せな人生だと思うようになる。それと同時にこの生活があるのも師匠のおかげだと感謝する。精霊はスクリーンの前で、彼がいかにワクワクしていたかを表していた。しかし、そのような生活も長くは続かない。第二次世界大戦でイギリス、アメリカと同様に連合国についたカナダは、枢軸国であった日本と敵対する立場にあった。当然、日系人の立場は敵国人となる。そして、日本軍の真珠湾攻撃をきっかけにカナダ政府は日系人に対する取り締まりを強くした。

 ムラカミ氏は強制収容され、全財産が政府により没収されてしまう。精霊は彼のやりきれない心情を表現していた。強制収容が解かれ、ムラカミ氏が建材、工具の所有権をめぐって裁判を起こすシーンは演劇で行われた。このシーンはオオハマ氏が祖父を知るきっかけになった聴聞会の記録書類をもとに作られている。観客は実際に起立、着席を行い、まるで傍聴席にいるかのように演出された。ムラカミ氏が必死にくらいつき、建材、工具を取り返そうと奮闘する姿は、とても胸が打たれた。この演劇の最大の感動的な場面は、ラストシーンである。スクリーンの裏にあった扉を開けると、壁が画角となり、落ち着いた日の光が白い低い雲に反射する水色の空と川岸に広がる草原、湿地帯に浮かぶ船が一つの絵画になる。部屋から見える四角い風景にボートウォークと呼ばれる木の板張りの遊歩道で、篠笛に合わせて精霊が舞い、孫であるオオハマ氏が跪いて花をそえる。まるで、孫が祖父に会いに、お盆の時期にお墓参りをするようであった。オオハマ氏の祖父に対する思いが伝わり、会場は感極まった。

 

細部にまでこだわった演出

 総じて、説明や当時の写真を映す場面では映像で、重要である部分や印象に残したい部分は演劇で表現されている。そして、映像、音楽、空間を利用した、観客を飽きさせないエンターテイメントが施されていた。まず、映像に伴う、無と音楽のバランスが非常に絶妙であった。無の世界は場の緊張をもたらし、観客も息を飲んで映像に見入った。終始、波の音が流れる演出をされていたが、場面によってその意味が変わってくる。ムラカミ氏が日本からカナダに降り立つときは、躍動感があり、期待と不安を意味する一方で、戦争時には冷たく、緊張感のあるものになる。また、波は時の流れも表し、精霊のダンスと合わせると彼がどのような心持ちで過ごしてきたのか、言葉にするよりも何倍の印象を観客に与える。さらに、ラストのシーンでは空間を変え、観客の視点を変えた。部屋の外を見せたことで、観客は自然の光、風、匂いを感じ、時代は現在になった。祖父を理解できた、今のオオハマ氏による祖父への思いを印象付ける、忘れられないシーンになった。この演出は、この場所でしかできなかったであろう。オオハマ氏が、なぜ「お盆」に「祖父のボートハウス」で「演劇」を行ったのか、どういう意味があったのか、切実に観客に伝わった。

 

多くのサポートによって

 この演劇はすべてボランティアで成り立っているという。すべての人が俳優ではない。舞道家、茶道家、箏の演奏家、映像スタッフ、大道具スタッフなどが集まって成り立っている。中には、このために日本から来た人もいた。

 そして、今回使われていた音楽は、今回のために作られたものであった。さらに、それを支援するスポンサーも欠かせない。すべて、リンダ・オオハマ氏の人柄に引かれて、人が動くのだろう。劇場後は、パーティーが行われた。たくさんの人が家族のように挨拶をする。縁を大切にし、自分ができることを常に追い求めている彼女の周りには、素晴らしい仲間が集まっていた。

 

未来のために

 この演劇は、ただムラカミ氏への供養のためのものではない。戦争を二度と繰り返さないためにも、歴史を知り、当時何があったのかを知る必要がある。かつての日系人の生活がわかる国定史跡に指定されているこの場所で、建材や工具の所有権のために闘ったムラカミ氏の演劇を行うことは、非常に価値の高いものであったといえる。さらに言えば、日系三世であるからこそできた観点から、日系一世の出来事を描いていた演劇としてとても貴重であった。これから戦争を知らない世代が増えていく。未来のために、貴重な記録を残すことにも貢献した演劇であった。

(取材 佐藤瑞妃)

 

国定史跡にもなっているムラカミハウス

 

上演前に挨拶をする、リンダ・オオハマ監督(Photo credit: From the Inland Sea team)

 

左から、弁護士役 マルコム・ファントさん、裁判官役デニス・フェンウィックさん、裁判所書記官役ケイトリン・オオハマ・ダーカスさん、オトキチの弁護人役マイケル・フィッツモーリスさん、通訳役ダリル・クラインさん、オトキチ役ヤマシロ・タケオさん(Photo credit: From the Inland Sea team)

 

オトキチの精霊役ジェイ・ヒラバヤシさん(Photo credit: From the Inland Sea team)

 

会場になったボートハウス

 

リンダ・オオハマ監督(中央)と、マサ・イトウさん(左)、デニス・フェンウィックさん(右)

 

和やかな雰囲気の中パーティーも行われた。左から、ジェイ・ヒラバヤシさん、高橋恭子さん、ヤマシロ・タケオさん、長尾ようすけさん、伊藤敏雅さん、チヅコ・オオハマさん(Photo credit: From the Inland Sea team)

 

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