2018年4月26日 第17号
西洋医学的に、抜け毛が増え、脱毛症となる原因は主に「男性ホルモン」「遺伝」「ストレス」「食事・生活習慣」などが挙げられる。まず、男性の場合、男性ホルモン(テストステロン)はひげや胸毛など体毛の成長を促進するが、頭髪には逆に成長を止める作用がある。毛根の毛母細胞で男性ホルモンがDHT(ジヒドロテストステロン)に変換され、その作用で毛根細胞が萎縮し、髪の毛の成長は止まり早く抜け落ちてしまう。男性型脱毛症の多くは、この男性ホルモン「テストステロン」が酵素により変換された「ジヒドロテストステロン」の関与が有力視されている。遺伝的要素について、最近の研究報告では、遺伝子変異のため、頭皮でアンドロゲンの働きが強まり、髪の毛が抜けやすくなるのではないかと関係付けた。
なお、男性ホルモン起因説以外に、男女問わず抜け毛の根本的な原因は、ストレスや生活習慣の乱れによるホルモンアンバランス、加齢、あるいは間違った頭皮のケア、更に自己免疫疾患もしくは甲状腺機能障害などの免疫異常が考えられる。これらの原因が引き金で、頭皮全体の「血行不良」を引き起こし、髪の成長を妨げる。例えば、度を過ぎたストレスが続くと、自律神経が乱れるにつれて全身の血管が収縮し、血流を悪化させる可能性が出てくる。自然に頭皮まで循環すべき血液の量が不足してしまい、髪を生み出す毛母細胞へ栄養が行き渡りにくくなる。また、生活習慣が乱れるならば、栄養バランスも崩れ、特にアミノ酸の欠乏が基礎代謝を悪くして、更に血行不良になり、頭皮に十分な栄養がなかなか届かないという悪循環に陥ることで、抜け毛がますます目立つようになる。
東洋医学的に、「髪は血余なり」といい、この場合の「血」は単に血液という意味だけではなく、血液が運ぶ栄養素も指した言い方である。血の巡りが良くなり、栄養が行き届けば、言うまでもなく潤いとハリのある美しい髪が維持できるはず。また「髪は腎の華」、東洋医学の「腎」とは生殖や成長、老化に携わる生理機能を意味することで、腎の機能が低下すると、髪が抜けたり、白髪が増えたりする、すなわち加齢現象が起こってくる。従って、生命エネルギーの源である「腎の精」が充実していれば、丈夫な髪が育つと考えられる。ここで一つ分かったのは、東西医学とも共通に認識している観点、つまり、頭皮の血流が良くなれば、髪の成長が促進され、脱毛の症状も改善できる。血行を良くするためには、ストレスの解消や健康的な生活を送るなど、血行不良の諸因子を取り除くことが一番大事。
脱毛症の漢方治療を考える際、まずは三つの虚証からアプローチするのが一般的である。「血虚(けっきょ)」とは血(またその栄養素)が不足している状態、有名な四物湯(しもつとう)などが血を補う働きをする漢方として用いられる。「気虚(ききょ)」とは免疫力が低下し、体のエネルギーが不足している状態を指し、胃腸の調子を整えて体力を増進する四君子湯(しくんしとう)などが適している。「腎虚(じんきょ)」とは、加齢に伴い生理機能が衰え老化現象が起きることで、生命力が弱くなっている状態、八味地黄丸(はちみじおうがん)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、七宝美髯丹(しちほうびぜんたん)など、衰弱した体に元気を付けて、髪に潤いを与え、成長を促進するような漢方が効果的である。
また、鍼灸は体のツボ(経穴)を刺激し、体が本来持っている自然治癒力を高める治療方法で、昔から広く認知された。例えば、頭のツボに直接鍼を刺して、頭皮の血流を促し、皮脂や老廃物を排出させることで毛根にも栄養が届き、髪の毛の成長へとつながる。そして、髪一本一本にコシとハリが蘇り、よりしっかりと太く健康な髪になる。髪全体にもボリューム感が生まれる。更に、首や肩など頭部以外の凝り症状も、鍼灸治療である程度軽快する上に、体全体の血液循環が良くなり、髪に栄養が行き渡るようになる。結果的に抜け毛が減り、新しい髪も生えてくる。
次に近年アメリカで流行っているレーザー療法について触れてみる。実に東洋医学の経絡理論を応用した新しい脱毛症の治療方法であり、低出力レーザーに万遍なく当てられた頭皮部分の血行が改善されることによって、髪への栄養補給に抜群な効果が得られる。豊富な血液循環は毛母の細胞分裂にも良い影響を与え、直接発毛につながる。さらに、レーザー光線による刺激で、頭皮に沢山分布するツボも活性化され、神経や内分泌系への作用が強まって、発毛を促す。米国食品医薬局から認可された機械の場合、安全性の面での心配もない。アメリカの研究グループの治験報告によると、無治療の対照組と比べ、半年から一年間一定期間のレーザー照射を受けた治療組では、発毛の効果が認められた。副作用や有害な変化もみられず、一部米国製の低出力レーザー機械(例えば、Suneticsなど)に関しては、カナダ厚生省の認可も受けた信頼性の高い治療機械として定評がある。
ますます進化する現代医療の先端技術と古き良き伝統医学の巧妙なコンビネーション、脱毛症で悩む人々の選択肢も増えた。
医学博士 杜 一原(もりいちげん)
日本皮膚科・漢方科医師
BC州東洋医学専門医
BC Registered Dr. TCM.
日本医科大学付属病院皮膚科医師
東京大学医学部漢方薬理学研究
東京ソフィアクリニック皮膚科医院院長、同漢方研究所所長
現在バンクーバーにて診療中。
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