2017年11月16日 第46号

勤続年数がある程度たてば、それなりのポジションが与えられるものです。リーダーともなれば、上司と部下の板ばさみになることも度々です。

 今回は、私の娘の事例とともに「不満を抱く人を気持ちよく動かした」知人の研修講師のお話です。どこにでもありそうな話ですが、娘は馬の合わない上司のある行動に困っているとのこと。上司がリーダーである娘の不在時を狙ってやってきては、後輩達に「チーム全体のやり方がなっていないからなんとかしろ!」と感情をあらわにして自分の席に戻るのだそうです。

 どうしてリーダーの私がいる時に来ないのか、おそらく私に直接言えば、難色を示されることがわかっているから来ないのよ。後輩たちだけだと判断ができないから言っても無駄なことはわかっているはずなのに。しかも、自分たちは自分たちのやりやすい方法でやっている。特に問題はないのでなんとかしろといわれても、現場は困っていない。と愚痴をこぼしているのです。

 私はこの話を度々聞いていましたが、上司にも娘にも疑問な点はあるものの、適したアドバイスもできないで「ふむ〜、困ったわねぇ〜」と聞くだけに留まっていました。

 しかし、先日ある講師の方から、とても良い話を聞いたので娘に話してみました。

 この話はあなたと立場が逆だからリンクしないかもしれないけれど、会社には部下が上司に現場の現状を教えるという『上長教育』があるそうよ。あまり聞き慣れない言葉かもしれないけれど、この意味は、上司は現場に対して指示命令を出すことはあっても、実際に現場で働くのは、現場のスタッフだよね。指示命令で動いていても、時には上司の想定外の出来事も起こりうることもある。その想定外の出来事の背景説明や今後の戦略などを現場からの意見として上司に教えることが『上長教育』というんだって。ほとんどの会社はトップダウンで、上からの指示が多いでしょ、でも、時には現場から意見を聞くボトムアップも必要なのではないかしら? そのボトムアップをうまくするために、なにか参考になるかもしれないね。

 その講師は、中国のある会社で接遇研修をしたそうよ。研修が始まるや否や、「おまえらに教わることなんてない」という態度の駐車場係のようさんという人がいたんだって。会社側から最前列に座るように指示を受けていたものの、隣の人にちょっかいをだしたり…寝てしまったり…。講師も頭を抱えていたそうなのよ。そこで、研修講師と彼との会話なんだけどね。ふてくされている相手に「会社の仕事には無駄なポジションは一切ない。すべての社員は企業理念に沿って行動しなければ歯車が狂ったり、欠けてしまって大変なことになる」と教え、「あなたも会社にとって大事な人なのですよ」と、やる気を起こさせたそうよ。それはこんな会話よ。

 「ようさんはこの会社の車のことを知っていたんですか?」

「知らないけど駐車場係としては、給料が高いから来た。駐車場係の仕事は誰でもできる簡単な仕事なんだから、俺はこんな小難しそうな研修を受ける必要はない」

「では、ここで売っている車の値段はいくらか知っていますか?」

「知らない、俺の給料どころじゃなく高かった!」

「では、そんな高級車を買いに来る人たちはどんな人たちだと思う?」

「金持ちの成功者だ」

「では、その人たちは、車でここへ来て、最初に会う人は誰かしら?」しばらく考えた後に「俺か?」

「そう! ようさん、あなたですよ! と、いうことは、あなたはこの会社のシンボルマークみたいなものです。だから、会社はあなたにも研修を受けてほしいと言っているのですよ」。

すると急に表情が明るくなって「そうかあ! 俺がシンボルか〜!」

 彼はその時から積極的になり、そして約半年後には駐車場係のリーダーに抜擢され「俺は小さい時からなぜ学ぶかを知らないまま育った。それを今日先生から教わった。俺は今18歳だけど、20年後の人生はきっと変わっていると思う。俺の人生に希望を与えてくれてありがとう」と、言ったそうよ。

 こう話すと、さっきまでの勢いはどこへやら、出勤前の身支度を急ぎながらも急に無言になって出かけて行きました。そして電車の中からメールを打ったのでしょう。「おかあさん、今朝はありがとう! がんばってみるね!」と言ってくれました。

 


 

著書紹介
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福本衣李子 (ふくもと・えりこ)プロフィール
青森県八戸市出身。接客コンサルタント。1978年帝国ホテルに入社。客室、レストラン、ルームサービスを経験。1983年結婚退職。1998年帝国ホテル子会社インペリアルエンタープライズ入社。関連会社の和食店女将となる。2005年スタッフ教育の会社『オフィスRan』を起業。2008年より(社)日本ホテル・レストラン技能協会にて日本料理、西洋料理、中国料理、テーブルマナー講師認定。FBO協会にて利き酒師認定。

 

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