2019年12月12日 第50号

 あっという間に2019年は終わり。昨年暮れ「老婆のひとりごと 2018年を振り返って」と題し「新年、これから歩んでゆくこの新しい年2019年、どんな年になるのだろう?」と書いたばかりなのに…。もう2020年かぁ。また、新しく迎える年に胸をときめかす80歳の老婆。

 2019年、ついこの間、「傘寿祝」を「感謝の昼食会」と変名し、大勢の友達に来て頂いたばかりだが、自分の歩んだ80年、振りかえってみる。思い出すのは、第2次世界大戦、B29が来るとサイレンが鳴り防空頭巾をかぶり、缶入りお菓子と水筒を肩にかけ防空壕へと走った。そして、終戦。やがて成長して行った香港での「文化大革命」。次に待っていたのは移民して行ったばかりのモントリオロールでケベック州「静かな革命」だった。よく生きてきた。そして、どれほど多くの人のお世話になったかと言うことばかり…。

 ワー寒い、朝起きたら停電だった。零下20度。真冬のモントリオール。「とんとん、とんとん」誰かがドアを叩く。玄関へ行きドアを開けると隣家のミセス・アルバートだ。「これ熱いお湯だけどお茶でも入れて下さい」そう言ってやかん一杯の熱いお湯を届けてくれた。まだ子供の通学準備のできていない早朝のことだった。とにかく、ありがたかった。

 南国香港から移民して間もない私達にとって、真冬のモントリオールの寒さは本当に厳しい。それはその厳寒と闘うある朝の停電事件だった。ミセス・アルバートはフランス系カナダ人だが英語も上手に話すし、フランス語の分からない私達に到着日から親切だった。彼女にはキャンピングカーがある。だから、その朝、お湯を沸かして届けてくれたのだ。当時、ケベックでは独立運動真っ最中で、フランス語の分からない私達夫婦は、就職ができなかった。頼りの義弟(化学者)夫婦は住んでいた家、家財、全て安く我々に売り、何と我々が到着後わずか2カ月足らずでバンクーバーに引っ越して行った。仕方がない、彼らの家も家具も全部引き受け、生活は順調に始まったが、日本語、広東語、英語が話せても、仏語が話せねば就職先はない。結局、州政府から奨学金を貰いフランス語を習いに行った。週75ドル支給され、朝8時から午後3時半まで、1クラスに12人の生徒で3人教師がいた。授業料無料で、それは丁寧に楽しく教えてくれる。我々生徒の共通語はフランス語以外何もない。だから、ブロークンでも何でも、とにかく、第1日目からフランス語で話さねばならなかった。あの頃アイフォーンがあったらねぇ。開講1カ月目にバスのストライキが始まった。生徒同志、近くの人を車に乗せあい通学はできた。互いの連絡は全て辞書を片手にフランス語で行う訳だ。でも皆優しかった。親切なのはミセス・アルバートだけではなかった。

 やがて、われわれ家族もバンクーバーに越して来た。それから、45年。多くの人に助けられながらとうとう80歳を迎えた。ある時、病気で寝込み身動きが取れない私におかゆを食べさせてくれた人。どうやって家に入って来たのだろうか? それはVMOの理事の方だった。コンサートの入場券を届けに来て私の惨状に出会った。また、40年以上家を変えても、ずっと続けて変わりなく手入れをしてくれる庭師さん。ありがたいです。そして、 難聴になった今は、さらにいろいろな方が温かく手を、耳を、心を貸して下さる。

 出会う人の笑顔が嬉しい、講演に行くと前席に、時々通訳をして下さる方、車の運転をして下さる方もいる。

 バンクーバーにはいくつか活躍するコーラス・グループがある。そのコーラスに老婆はせっせと出かけていく。歌うのではない『聴く』方だ。皆、笑顔で歌っている。ところが、驚くことに、ほとんどの人が舞台を下りてからも笑顔なのだ。街角でちらと出会っても、アレー、笑顔が返ってくる。私のこと知っているのかしらぁー?

 この間の「感謝の昼食会」にも8人ほどが合唱して下さった。とにかく、以前、ある所で聴いた、明るいコーラスに老婆は元気付けられ、どうしても彼らに感謝の意味で、昼食会に来て欲しかった。そしたら、なんと来てくれるだけでなく歌ってくれると言うではないか! 彼らは「コーラス+癒し」の笑顔グループだ。

「微笑みが相手の心を癒す」と「置かれた場所で咲きなさい」の著者渡辺和子さんは言う。貴方の笑顔は「お金を払う必要のない安いものだが、相手にとっては、非常な価値を持つものだ」。チャームポイントとしての笑顔から、他人への思いやりの笑顔、そして、さらには相手の出方に左右されない、自分の人生を笑顔で生きる決意と主体性の表れが自分の笑顔だと言っている。

 新しく迎える2020年、誰もがこの笑顔で過ごせる年になりますように。

許 澄子

 

 

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