2019年5月16日 第20号

 先月の予告では、5月は「生物学的製剤」についてお話しする段取りになっておりましたが、今回はその予定を変更し、4月26日にバンクーバーの隣組シニアライフセミナーにて講演させて頂いた「大麻」についてのお話をさせて頂きたいと思います。

なぜ今、大麻なのか?

 若者の間では「マリファナ」や「ポット」と呼ばれる大麻は、2018年以前のカナダでは、違法でありながらも、非常に多くの人が日常的に使用するという、グレーゾーンの中の薬物でした。しかし、この大麻の違法使用が蔓延した状態を打破するべく、カナダのジャスティン・トルドー首相は2015年の選挙時に「嗜好用大麻の解禁」を公約に掲げ、2018年10月17日にはついにこれが現実のものとなりました。先進7カ国では初、世界ではウルグアイに次ぎ2番目の出来事です。この歴史的なイベントに先駆けて、将来の需要の増加を見据えたカナダの大麻栽培業者は、生産規模の拡大に精力を注ぎ、また非常に速いペースで吸収合併を繰り返し、今やカナダは大麻の栽培から使用において世界をリードする形となりました。

 そもそも「嗜好用」という言葉は、英語の「Recreational」が訳されたものですが、一般的に嗜好品というと、お酒やタバコを思い浮かべる人が多いと思います。嗜好品に共通するのは風味や味だけでなく、心身の高揚感を楽しむところです。大麻が嗜好品と分類されるのは、吸引等により高揚感をもたらすためですが、この部分だけを見て「高揚感をもたらす大麻は危険なもの」と思ってしまうと、なかなか大麻の全体像が理解できません。そこで大麻草の歴史を少しだけ紹介してみましょう。

 英語の学名でカンナビス・サティバ ・エル(Cannabis sativa L)と呼ばれるアサ(麻)は、中央アジア原産の一年生の草本で、高く、まっすぐに生育します。人類が栽培してきた最も古い植物のひとつとして、1万年を超えるお付き合いがあるとされ、実際、古代インドの絵画の中には麻を調理したBhangという食べ物を食べている人が描かれています。大麻草の茎の皮の植物繊維は、麻繊維として神具などに、また実(種子)は食用や生薬の麻子仁(マシニン)として、そして葉や穂は医療大麻にと、それぞれの部位が様々な形で用いられてきました。

 しかし、米国では1937年大麻課税法、日本では1948年に大麻取締法が制定されたことで、その後の長い期間にわたり、両国において大麻の使用はタブーとされてきました。ところが、1980年代の米国カリフォルニア州で、大麻を使用しているエイズ患者の健康状態が、大麻を使用しない患者に比べて良好であることが分かり、1996年にはカリフォルニア州で医療目的の大麻の使用が認められるようになりました。この合法化に際し、大麻の医療効果を示唆し、のちに米国の大麻合法化運動の父と呼ばれるようになった日系米国人のTod Mikuriya医師の功績は注目に値します。現在の米国では33の州で医療大麻が合法化され、また10の州で嗜好用大麻が解禁されています。一方、カナダでは、2001年に医療大麻が合法化され、その後2018年に国として嗜好用大麻解禁に至りました。

 法的な制限により、大麻草については限られた範囲での研究しか行われてきませんでしたが、神経性疾患、多発性硬化症、てんかんといった疾患に対して大麻草の有用性が認められています。英国に拠点を置く製薬会社、GWファーマシューティカルズは、大麻草を原料とするEpidiolexを開発し、難治性の2種類のてんかん症候群(レノックス・ガストー症候群(Lennox-Gastaut syndrome : LGS)とドラベ症候群(Dravet syndrome : DS))に対する治療薬としてアメリカ食品医薬品局の承認を得ました。また、AFP通信は、昨年8月、最近の米国では高齢者の間で大麻の使用が流行しているというニュースを報道しましたが、これは大麻の持つ鎮痛効果や鎮静効果に、シニア層の人気が集まっているという内容でした。今後、さらなる研究とエビデンスを重ねることで、医療用ならびに嗜好用大麻解禁は、さらに世界に波及するものと予想されます。

 医療目的で使用する患者さんにとっては、適切に品質の管理された大麻の継続的な供給は欠かせませんから、カナダ政府が、大麻に関する法的な枠組みをつくることで、公衆衛生と安全を確保し、正しい知識の提供とリスクの理解の促進することは、非常に妥当な考えであると言えます。一方、嗜好用大麻の解禁に際しては、合法化により、組織犯罪から資金源を断ち、若者を大麻から遠ざけ、さらには単純な大麻所持に割かれる司法当局の負担軽減と、単純な大麻所持による前科を付されることの防止など、様々なプラスの効果が見込まれています。

 


佐藤厚

新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。
2008年よりLondon Drugs (Gibsons)勤務。
2014年、旅行医学の国際認定(CTH)を取得し、現在薬局内でトラベルクリニックを担当。
2016年、認定糖尿病指導士(CDE)。

 

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