2019年2月28日 第9号

 この話をする前に、当時の私の結婚観をまず話さないといけない。心身とも荒れていた大学時代、過食症で不健康に痩せた私は、外見的にはきれいになったけど心はネガティブ、対人恐怖症、根暗オタク女子。そんな自分を一新したいと思い、あえてセールスの仕事を就職先に決めた。過食症を経てスリムになった大学2年生の頃、やさしくておもしろい彼ができた。彼とはその後、5年くらい付き合ったかな。今から思えば、世間、親からの期待に応えるために自分は結婚しなければいけない、という強迫観念に常に支配されていた。本当に自分が何がしたいのか、自分とはどんな人間なのかをずっと無視し続けていた私。でも心の中には、ずっと納得できない大きな違和感を抱いていた。だからそこからひたすら脱出するチャンスをずっと探していた。

 そんな違和感を象徴するエピソードがある。彼が大学を卒業した時、結婚を前提にということでお互いの両親が会食した。彼は実家の家業を継ぐために、修行で大阪に行くことになり、その会食の時に、彼のご両親は「大阪には会いにいかないでほしい。修行の邪魔になるから」と私に言った。彼の両親に嫌われているのは知っていた。結婚を前提に、両家そろって会食している状況で、そんな失礼なことを言う彼の両親に対して、彼は何の反論もしない。そんな彼を私は絶対に信頼できないと思った。全く私のことをバカにしているし、もしこのまま結婚したら、私は絶対に幸せになれないと確信した。でも当時の私は、彼との結婚以外に自分には道がないと思い込んでいたから、彼の前ではいつもいい妻になる女を演じ続けていた。正直いつも彼に会うたびに、すごい疲労感があったし、早く家に帰りたいといつも思った。

 自分の人生にずっと違和感を感じ続けていたそんな私が、最初にカナダに行こうと決めたのは1997年の秋頃。仕事をやめて、1カ月だけのなんちゃって留学というアドベンチャーに出てみることにした。なぜバンクーバーに行くことに決めたかというと、単純に小学校からの親友がカナダでワーホリをしていたから。初めてカナダに足を踏み入れた瞬間、この国は特別な感覚を私に与えた。なんというか、いい匂いがする、懐かしいような、心地いい、落ち着く。帰国後どうしてもカナダのことが忘れられなかった私。もっとカナダで英語の勉強がしたいという気持ちが日に日に強くなった。そして次の年、今度は3カ月の予定で語学留学した。なぜ毎回私の留学はこんなに短いかというと、付き合っていた彼に気を遣っていたから。あの頃の本音は、正直、“彼のせいで自分はやりたい事が思いっきりできない”だった。

 2回目のカナダ、バンクーバーでの3カ月の短期語学留学中、毎日必死に英語の勉強をした。朝は6時にホームステイ先を出て、バスで1時間ほどかけてダウンタウンにある語学学校へ。よく車酔いになって吐きそうになることがあったな。授業が終わったら今度は図書館に直行。観光よりも勉強で来ていた私だったから、全然遊ばなかった。でも滞在も後半に差し掛かった頃、気晴らしに友人数人とストリップバーに行ってみようということになった。もちろんこれは男のストリップだよ。もちろん今までそんなものは見たことなかったから、興味津々。でも、1回目にこのバーに行った時は、苦い思い出がある。1杯目のお酒を飲み始めるとすぐ気分が悪くなって、目の前が真っ白で目がグルグル回りだした。そしてそのまま思いっきり後ろにぶっ倒れた。もしかしたら変な人に薬を飲み物に入れられたのかな?幸いに友人がすぐ助けてくれて大丈夫だったけど、当時の私はとても不健康でよくめまいを起こしてたから、外国での暮らしの緊張と過労が溜まっていて、倒れたのかもしれない。あの後、1週間ほどひどいむち打ち状態で首と頭がめちゃめちゃ痛かったのを覚えてる。そんな苦い経験のあったバーだったんだけど、また懲りずに行くことに。今度こそ前回のリベンジのつもりで、楽しい時間を過ごすつもりで出かけた。今でも覚えてる。1997年11月7日のこと。

 このバーは当時バンクーバーでも有名なバーで、現在はもうないんだけど、男性ダンサーのストリップショーが大人気だった。その日は確か週末だったのかな。たくさんのお客さんでダンスフロアがギュウギュウ状態。友達と私は、どんなかっこいい男の子がいるか品定め、美しい男を見るのはただだから!とかなんとか言いながら、私は久しぶりに羽目を外していた。そんな私が何気なくダンスフロアの向こう側に目をやると、ダダさんの顔がちらっと目に入った。そのころの彼はきれいな明るい茶色のロン毛、髭を生やしているけど、ベイビーフェイスでキュートな感じ。ダダさんを一目見た瞬間に“あっ、見つけた!”これはかっこいい彼を見つけた!というのではなくて、もっと“大事なものを探していて、やっと見つけた感情”が一瞬にして稲妻みたいに私の心にビビッときた。私の直感はいつも鋭くて間違いない。そしてなぜだか、“彼と今すぐに話さなければならない”と思った。私は子供の頃から、霊感、直観力が強いから、こんな自分の感情にびっくりすることはなく、すぐに“私はこの人と結婚するな”と思った。

 トイレに行く途中の彼とすれ違いざまに「hi」と彼に笑顔で言った。こんなにわかりやすいサインを出してあげたんだから、鈍感なダダさんもさすがに私の存在に気づいたらしく、私に話しかけてきた。よしよし、ダダさん!ダンスフロアという状況もあって、出会って2〜3分後には私たちはしっかり抱き合って踊っていた。初めて抱き合ったときの感覚は本当に、ものすごい強烈だった。服を着てはいるものの、2人のオーラが…磁石がくっつくような感じ。まるで“合体ロボット”みたいな感じ。後日、ダダさんにあの時どう思った?と聞くと、ダダさんはただ、“かわいい日本人の女から声をかけられてラッキーと思った”だって。ただのエロ男状態。当時私は26歳、彼は22歳、4歳も年下。でも歳なんて全然気にならなかった。でもあの時私は“付き合ってる彼はいないよ”って嘘をついてしまった。

 さて、そのころホームステイをしていた私。帰国が2週間後にせまっていた。でも一秒でもダダさんと一緒の時間を過ごしたいがために、ホームステイ先の家を飛び出して、出会って1週間で彼の実家に転がり込んだ。これを話すたびにみんなにびっくりされる。はっきり言っておくけど、私の性格は超真面目、オタク女子、こんな行動は普通はしない。でもダダさんとの出会いはスペシャル。絶対に何があろうとこの人と一秒たりとも離れてはいけないと思った。

 私はダダさんに出会って初めて、寝起きの顔も、おならも平気。“本当の愛情=女性としての幸せ”を学んだ。

 


作者プロフィール ドナルド涼子

BCRPA Supervisor of Group fitness & Yoga ,Personal trainer, Older Adult, 200H Yoga Teacher

47歳、愛知県出身、1999年に結婚を機にカナダに移住、34歳の時にフィットネスインストラクターの道に進むとすぐ、女性に人気のカリスマインストラクターへ成長する。2016年ベストインストラクター賞を受賞。43歳の時に、アマチュアボディービルのビキニコンペティションを趣味として始め、地区、州大会にて優勝、上位入賞経験あり、現在次の全国大会に向けてトレーニング中。また、フィットネスプロフェッショナルへの講習活動、地域の学校でのヨガ、フィットネス指導、老略男女問わず、心と体の健康と幸せの為の活動を行っています。また、近年マスメディアにも出演、読売テレビ、グッと地球便、Nikkei TV Chipapa など。こんな肩書を持つ私ですが、若かった頃は、性格ブス、デブ、ネガティブ、ずっと自分の事が大嫌いだった。そんな私には、運命を変えてくれる主人との出会いがカナダで待っていた。出会った瞬間にビビット来て、この人と結婚するってわかった私は、出会って1週間後に彼の実家に転がり込んだ?!そして、結婚、異国の地で2児の母になる。気が付けば20年、今の私は心から幸せ、自分大好き。私がどうやって幸せをつかんだのか、私の経験をお話ししながら皆さんに伝えたいと思います。私の目的はただ一つ、あなたにも“幸せ“になってもらう事。 パーソナル、グループトレーニングやヨガのご質問は、This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. 604-889-4729 まで、または Instagram : befitfirmfab 、 facebook : Ryoko Donald

 

 

 

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