2017年10月19日 第42号

 

 

イラスト共に片桐 貞夫

 

「行ってきまーす」

「メェーメェー」

 ふりかえって手をふっても、まっくらでなにも見えません。しかし、お父さんとお母さんの声がいつまでも聞こえてきます。

「星を見まちがえるんじゃないぞぉー」

「元気に帰って来るのよー」

「ソロンガー、たのんだぞー」

 まっ白な天の川にそって丘を下り、さらにのぼったところでお日さまが顔を出しました。一めんの草原が色をつけ、空が青くなって見なれないけしきがうかび上がってきました。

 アルタイとソロンガは、道もない草原をかなりのスピードで歩いています。お日さまのかく度と、とおいアルタイ山を見て方こうをきめ、わき目もふりません。

「まだ、十時にもなってないよ」

 ひょうたんの形をしたぬまのふちをとおった時、アルタイはお日さまを見上げてほっとしたように言いました。とけいはありませんが、お日さまのかく度で、なん時か分かるのです。

「メェー」

 ソロンガも、まんぞくそうにうなずくのでした。

 きみょうなかっこうの岩が見えてきました。一本のほそい岩が天にむかってのびています。

「あれがえんとつ岩だ」

 お父さんからなんども聞かされた目じるしの岩です。そのうしろは岩山がつらなって、南の方にのびていました。

 さらに、一時間ほど歩きました。とうげが見えてきました。

「あのとうげをこせば、すぐだと思うよ」

 まだ、お日さまは午後のものになっていません。アルタイとソロンガはいちども休まず、八時間も歩いて来たのでした。

 アルタイがとうげの大岩にかけよってさけびました。

「見えた。町が見えたよソロンガ」

「メェーメェー」

 とうげの下にはたくさんの家がならんでいます。それはアルタイとソロンガにとって、はじめて見るけしきでした。

「すこし休もう」

 もう、いそぐことはありません。アルタイとソロンガは、はじめてこしを下ろしました。

「おなかがぺこぺこだ。ソロンガもゆっくり食べていいよ」

 アルタイが、にもつをおろしておべんとうを食べはじめました。しかし、ソロンガは食べようとしません。まわりにはおいしそうな草がいっぱいはえているのに、ただ、からだを横たえて目を閉じるのでした。

 

   五 おまつり

 村につき、しんせきの家に行くと、おじさんやおばさんたちがニコニコとむかえてくれました。

「よう来たアルタイ。さあさあこっちに来てごちそう食べれや」

 アルタイは、生まれてはじめてさかなというものをたべました。まっ白なおまんじゅうもごちそうになりました。そして、つぎの日、アルタイとソロンガは、はじめて、おまつりというものを見たのです。

「すごいなあ」「メェー」

 アルタイとソロンガはおどろきました。たくさんの人が、道ばたのサーカスを観ています。かた足の男が大きなたるの上にのっています。ロシヤ人というヒゲだらけの大男が、牛とつなひきをしています。

「あれがゾウだ」

 アルタイがさけびました。見たことはありませんが、なんどか絵本で見たことがあります。さるというどうぶつもはじめて見ました。おまつりの一日は、あっというまにすぎてしまいました。

 あしたは、家にむかって帰らなければなりません。アルタイとソロンガは、おみやげの風せんを二つ買って、早めにしんせきの家に帰って来ました。

「ソロンガ、どうしたんだ」

 アルタイが、ソロンガの前にすわって言いました。ソロンガが元気ないのです。

「メェーメェー」

 しかし、アルタイが話しかけると、ソロンガは、うれしそうにからだをよせてくるのでした。

「アルタイ」

 しんせきのおじさんが家から出てきて言いました。

「アルタイは、なんでそんなおいぼれたひつじをつれて来たんじゃ。ほんとうに、それといっしょに帰るつもりでいるんか」

 ソロンガはやせて、毛なみがきたなくなっています。

(続く)

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。