2019年9月5日 第36号

8月28日バンクーバーのUBCロブソンスクエアで「昨今の日本の科学技術のすごさ!〜続々とノーベル賞候補!〜」と題した大槻義彦氏の講演会が企友会の主催で開かれ、約40人が参加した。大槻教授は宇宙線による火山噴火予知、軽いのに強靭なセルロースナノファイバーの発見など、世界に誇る最先端の科学的発見・開発を、携わった研究者の横顔を交えてわかりやすく紹介してくれた。

 

純粋物理学から応用物理学までを幅広く見つめ、他分野の人々にもわかりやすく伝えることに努めてきた大槻教授ならではの科学解説が繰り広げられた

 

夏場の暮らしをカナダで

 早稲田大学名誉教授理学博士の大槻義彦教授は、多数の論文を発表、著書を出版する傍ら、数々のテレビ、ラジオにも出演し、お茶の間でも知られる科学者の一人である。その大槻教授がバンクーバーと出会い、1997年にブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市メトロタウンのコンドミニアムを購入した理由は気候の良さだった。そしてもう一つの理由は大好きなゴルフにある。ゴルフがしたいために定年を待たずに64歳で早大を退職し、「自分が書いてベストセラーになったのもゴルフの本」と語って大槻教授は講演を始めた。ここではその講演内容の一部をお届けする。

 なお大槻教授は本紙で同テーマを詳しく語った科学コラムを10回連載(2017年8月17日号〜2018年5月17日号)。バンクーバー新報ウェブサイト(www.v-shinpo.com)で閲覧できるよう記事中に掲載コラム名を示しておく。

 

2000年以降、日本は科学技術で世界一

 「日本の科学はこれからダメになる」とインタビューで答える人たちがいるが、それは昔から言っていることで信じてはだめ。2000年以降、日本人でのノーベル賞の科学三賞(物理学・化学・生理学/医学)の受賞者は29人。うち2人はアメリカ籍。アメリカのほうがノーベル賞科学三賞の受賞者は多いが、人口一人当たりにすると日本がトップです。

 

宇宙の解明に新たな地平を開いたニュートリノの発見

 では素粒子の話から。現在わかっている17の素粒子の中の5種類の素粒子の発見に寄与したのが日本人。小柴先生(小柴昌俊氏)が超新星の爆発の時に地球に降ってきたニュートリノ(素粒子の一つ)を初めて観測して2002年にノーベル物理学賞を受賞しました。小柴先生はその年の3月に定年の挨拶をする予定だったんです。しかしそれより6日前に超新星の爆発が起こって、そこからニュートリノの発生を観測しちゃったんですね。もう大変な騒ぎになりました。今ではニュートリノの測定により新しい天体を観測しようと「ニュートリノ天文学」というものが存在しています。

 その後、小柴さんの弟子たちが東京大学の施設のカミオカンデでニュートリノには三つのタイプがあると発見し、ノーベル賞の候補になりましたが、受賞する寸前で小柴さんの弟子たちのトップが亡くなられた。ノーベル賞は故人には与えないという規則があったため、残念ながら受賞は逃しました。しかし数年後に三つのニュートリノがお互い変化していること(ニュートリノ振動)を、小柴さんの弟子の弟子(梶田隆章氏)が発見してノーベル賞をもらいました。私は過去に6回日本からノーベル賞候補を推薦する担当をしましたが、その全員がノーベル賞を受賞しています。(関連コラム「第3回 カミオカンデプロジェクトでノーベル賞二つ」2017年10月19日 号)

 

宇宙線測定で噴火予知

 こうした発見が生のままで、噴火の予知に使える話をしましょう。宇宙から地球にやってくる放射線の一つ、ニュートリノの親戚の「ミューオン/ミュー粒子」は透過性が大きく、山をも突き抜けます。ですが、昭和新山のような活火山でマグマのところは宇宙線ミューオンが通りません。それでミューオンの撮影をすると、胸のX線写真のように火山の内部の様子がわかるのです。すでに永嶺謙忠さん、田中宏幸さんたちが浅間山や桜島などでのミューオンの測定をして火山の様子の観察にすべて成功しています。そこで気象庁も最近重い腰を上げ、「宇宙線による火山噴火予知グループ」をつくり、そこにミューオンを観測してきた研究者たちが気象庁に入庁し、あらゆる噴火を予知すると息巻いています。

 

富士山の噴火予報?

 そこで富士山の話ですが、富士山の噴火が起こるという本が出るとバカ売れです。それはかつてのノストラダムスの予言のようなもの。「起こらない」という本を書いても売れないけれど、「起こる」という方が売れる。その事の顛末はご存知の通りです。ただし富士山の噴火が起こるのは間違いではない。小説『旗本退屈男』には1707年宝永大噴火(富士山の噴火)の時に「膝まで火山灰で埋まった」と書いてありますが、富士山は400年おきくらいに噴火が起きている。前回が1707年だから近い将来、明日、あるいは100年後に噴火が起きてもおかしくはない。ともかく気象庁が宇宙線による火山の測定を始めたので、今後ひと月に1度くらい富士山の状態が新聞に載るかもしれない。その時は私がここで言ったことを思い出してほしい。ともかくも宇宙線を使った火山の研究は日本だけです。(関連コラム「第2回 宇宙線による火山噴火予知」2017年9月21日 号)

 

なぜヤシの木は強風でも倒れないのか

 こちら(スライドの写真を指しながら)は2017年のサイパンで私が撮影した瞬間最大風速100メートルの台風が通過した後の写真です。木々は文字通り根こそぎ倒れ、窓ガラスも割れ、ホテルでは窓がベニヤ板で覆われていました。にもかかわらず、なぜかヤシの木だけはびくともしていないのです。ヤシの木には管があって、その中にも管があるんですね。では他の木はどうかということを東大農学部の磯貝明先生が研究しました。すると他の木も管が入れ子状態になっていることがわかった。電子顕微鏡で見ていくと、どんどん小さな管が見えてきたのです。まるで仏像のお腹の中に仏像があって、その仏像を開けてみたらまた仏像があるという胎内仏のようだったわけです。管はセルロースでできていますので、セルロースの中にセルロース…と、それがナノメートル(10億分の1メートル)のサイズまで存在していた。それを「セルロースナノファイバー」と名付け、磯貝先生が酸化触媒法でセルロースナノファイバーのレベルにセルロースを分解して取り出す技術を開発しました。その取り出した飴状の物を固めて板にしたところ、鉄の5倍の強度があった。そして鉄より軽い。5分の1の軽さで、しかも透明。ですから製紙会社はこぞって工場を造り、セルロースナノファイバーの製造に乗り出した。トヨタはこれで車を造ろうとしています。

 基本の特許は磯貝先生が持っていますが、中国がこれに注目して応用の特許を異常にたくさん取得しました。3000年続いた鉄の文明は終わりました。このことは西洋文明の存続が怪しくなっているとも言えるんじゃないでしょうか。

 

 大槻教授はその後、クオーツ、原子時計を超えた精度で、狂いが生じても100億年に1秒という光格子時計の開発、長さも重さもその基準を光で測定する現在、世界で最も正確に測定できる機械の開発、高電圧をかけても発熱の心配がない超伝導磁石を開発し、リニア新幹線などに応用といった現況を紹介。世界のトップを行く日本の科学力と技術力を惜しみなく伝えてくれた。

 参加者からは、質疑応答で地球温暖化の真偽やセルロースナノファイバーの実用状況などの質問が寄せられた。また講演後には「もっと話が聞きたい」という声が聞かれた。そうした人々のために、2016年より毎年、大槻教授がバンクーバーに滞在する3カ月の間、数回大槻教授による「サイエンスカフェ」が矢野アカデミーで開かれている。今期は9月7日の開催が最終回だ。

 

大槻義彦教授プロフィール 
1936年宮城県生まれ。早稲田大学名誉教授 。東大大学院数物研究科卒、東京大学助教、講師を経て、早稲田大学理工学部教授。この間、ミュンヒェン大学客員教授、名古屋大学客員教授、日本物理学会理事、日本学術会議委員などを歴任。 専門の学術論文162編、著書、訳書、編書146冊。 物理科学月刊誌『パリティ』(丸善)編集長を創刊以来30年以上務めた。テレビ、ラジオ出演、講演多数。2000年から毎年バーナビーの自宅で夏を過ごし、ゴルフ三昧の日々を送っている。

(取材 平野香利)

 

(写真左から)桂川雅夫さん、サイエンスカフェを運営する矢野修三さん、羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事、大槻義彦教授、司会の山下真姫子さん、企友会会長・澤田泰代さん、企友会理事の松本真子さん

 

科学の最先端の話に聴き入る参加者たち

 

自ら撮影したサイパンの台風後の写真を見せてヤシの木の強さを紹介

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。