2019年8月29日 第35号
8月6日、ビクトリア大学で開催されたカナダ日本語教育振興会大会(メディアスポンサー:バンクーバー新報)において、劇作家で演出家の平田オリザさんが来加し、基調講演を行った。カナダ日本語教育振興会は1983年に発足。大会では日本、カナダから約120名の日本語教育者が集まり日本語教育についての研究発表・意見交換が行われた。平田さんは現在、日本で初めて演劇を本格的に学べる公立大学となる国際観光芸術専門職大学の設置にも学長候補として関わっている。平田さんに話を聞いた。
インタビュー時の平田さん近影
ビクトリアとの縁
—今回ビクトリアでのカナダ日本語教育振興会大会にて基調講演をされることに至った経緯は。
ビクトリア大学のコーディ・ポルトン先生が96年に日本にいらした際に私の芝居を観て非常に興味を持っていただいたのが始まりです。それ以来やりとりをしていたのですが、「東京ノート」を彼が英語に訳してくれて2000年に始めてビクトリアで上演しました。その時にビクトリア大学日本語教授の野呂博子先生が初めてご覧になり、日本語教材に使えるんじゃないかということで教材として使い始めていただきました。その後は2006年に客員教授ということでビクトリア大学にて日本語学科と太平洋アジア学科で教えさせていただきました。ビクトリアに来るのはそれ以来ですから、13年ぶりですね。
—今回の基調講演のテーマが「演劇的手法を使ったコミュニケーション教育の進展」というものでしたが。
欧米、特にカナダでは演劇教育が盛んです。小学校からこういった授業が沢山ありますが、日本ではまだ少ないです。逆に欧米では当たり前になっているので、その意味が言語化されておらず、カナダで日本語を教えていらっしゃる先生方もあまり意識していらっしゃらないというところがあると思います。世界の日本語教育の場に呼ばれると、こういう話をしてくれと言われることは多いです。
会話から対話へ
—基調講演での「察しあう『会話』」から、「説明しあう『対話』」への変化が必要というお話は大変興味深かったです。これは最近よく出てくるテーマなのでしょうか?
そうですね、日本で、もう10年以上前ですが、NHKが小学校の先生たちに大規模な調査をしたところ、子供たちはおしゃべりはできるけど話し合いは苦手という報告がありました。特に日本の子供が特殊だとは思いませんが、集団性が強くて、目立つのが嫌で、子供の時から察しあって、突出しないようなところがあります。それを少しずつでも個性を生かしながら、でも折り合いをつけるという教育に変えていかないと。
日本の社会自体がこれから急速に多国籍化していきますので、少しずつでもそれに備えた方が良いのではと思います。
—「察してほしい」「言いたくない」といった日本人独特の感覚についてどう思われますか?
僕は16歳で初めてアメリカに行って、一般家庭に泊めてもらうことが多かったのですが、よく「今日の夕食何が食べたい?」と聞かれました。日本人で答える人もいるかもしれませんが、お客さんなので基本的に「なんでも」と答えることが多かったんです。辞書で調べて、Anythingと答えると、「Anythingというメニューはない」と言われるんです(笑)。明確に何か答えなければいけない。
—こちらは言わないとわからないという文化ですものね。
僕はそれが全面的に良いとは思いませんし、日本文化の良さもあると思います。しかしそれは今日お話したように少数派なので、国際社会に出たら国際社会のマナーは身につけなければいけない。それはナイフやフォークを使うのと同じようなものです。第二言語というのはマナーとして身につけるものなのじゃないかなと思います。ですから、いくら英語ができても、そこのところが分かっていないと使えない。
—基調講演では、「韓国では靴を脱いで向きを変えて揃えると『そんなに早く帰りたいのか』と失礼に思われる」というお話にびっくりしました。
あれは全員じゃないですよ。でも少なくとも韓国の人たちは脱いだ靴を揃えませんから。
—そういうふうに取る人もいるということですね。日本では良いこと、マナーとされていることが外国では逆の意味になるという例ですね。
そうです。ですからそれは単純にマナーとして、相手のことを尊重しているという意味ですが、他の国に行ったらそれを忘れることも大事です。
—「対話」を勧めると、「それは無理」と言われることは?
最近は減ってきています。ただ保守派の人を説得するために、「日本文化も大事だけど」という文脈にしてあげないと受け入れられません。今時「全部欧米が良い」等という議論ももう成り立たちませんし、そういった際にきちんと日本の文化の良さも語り合いながら「でも変わっていかざるを得ないですよね」ときちんと説明してあげないと、当然反発も起こります。
—昨今はアメリカの反移民政策や、日本でも外国人労働者の増加など、多文化、そして価値観の多様性に出合うことが増えてきていますが。
日本は島国で、イギリスとも違い東シナ海という荒い海と高い障壁に守られて、明日移民が流入してくるという地理的な条件はないわけです。これはやはり、いろいろな意見の方がいますが天の恵みだと思います。ただ30年後も今のままでいるというのは無理だと思うんです。30年後には日本語を母語としない人たちが一割くらいにはなるんじゃないかと思います。今は2パーセントくらいで、無視されている状態だと思いますが、10パーセントになると、もう無視できなくなります。その時に今みたいに同調圧力が強かったり、例えば福島から避難してきた子供たちをいじめたりするような国なので異物を排除するようなところがあり、そうすると日本社会全体もう持たないだろうと。ですから、この30年なり20年なりの猶予期間をちゃんと使うことが大事です。急に多文化共生にはできませんし、そうすると反発もでてしまい、それがまさにアメリカで今起こっていることです。日本の場合は時間的に余裕があるので、徐々にしていくべきだと思うのですが、人間、危機的な状況にならないと変われないのでなかなか難しいですね。一番変われないのは中高年のオヤジですよ(笑)
観光とアートの大学、日本の未来
—現在プロジェクトとして進めている国際観光芸術専門職大学について教えて下さい。
観光とアートを学ぶ大学です。アートは演劇とダンスで、2021年4月に兵庫県の豊岡市で開校します。
—芸大というのは昔からありますが、演劇を専門的に教える大学というのが初めてと伺って驚きました。
もちろん私立の大学ではありますが、国立や県立の大学では初めてです。演劇では俳優コース、劇作家コースなどがあります。カナダのリベラルアーツスクールに似ています。
日本でもいろいろと私大で演劇コースをつくってきましたが、ビクトリア大学で客員教授をさせていただいたことは、とても勉強になりました。リベラルアーツといっても、どのように段階を追って選抜をしていくかなどが演劇コースの場合難しいので。ここ(ビクトリア大学)は結構厳しいんですよね。俳優コースなら相当成績が優秀でないと入れないですが、これは日本の大学の苦手なところです。日本はほら、平等が好きだから。僕がこれまでやってきた日本の大学、例えば桜美林大学などは北米式で、学年を超えて毎回オーディションしますが、日本の場合は学年ごとの演劇公演というのは発表会と一緒です。ですから全員キャスティングされますし、オーディションとかあまりないです。
—日本のアートの未来についてはどうお考えですか。
国が衰退し始めるとアートとかスポーツしか頼るものがないでしょう。例えばこのあいだも二十歳の子が全英ゴルフ優勝しましたね(注:渋野日向子選手のこと)。あとは大坂なおみさんとか。ああいった方がこれから沢山出てくると思います。これからは観光とか文化とかスポーツとか日本の最後の強みだと思います。
—日本は観光国と思っていましたが、まだまだ発展する可能性がありますか?
まだまだですよ。昨年沖縄県の観光客数がハワイを抜いたんです。理由は簡単で、中国に近いから。中国から日本はとても近いですから、そりゃあ来ますよね。今、韓国の若い人たちでも原宿にクレープを食べるためだけに来る人たちもいます。背景にものすごい人口があります。日本がやるべきことは、中国や韓国や東南アジアに質の高いエンターテインメントを提供していくことです。韓国はすでに、その政策は日本以上に充実していますしね。
—日本の演劇も観光に使えると思いますか?
もちろんです。観光に結びつけられるような人材を育成していくことが今度の専門職大学の狙いです。ぜひカナダのあらゆる大学と提供したいですね。今、アメリカはちょっと怖いというイメージが増えてきていますから、カナダに人気がでてきています。
(取材 ピアレスゆかり)
平田さんの著書
ワークショップ時の平田さん