2017年2月16日 第7号

今、「オンセン」という言葉が北米で知れ渡り始めている。その背景には、マイク佐藤氏の活躍が大きく寄与している。北米の温泉開発交渉で「オンセン」という新しいコンセプトをBC州政府に最初に提示したのが佐藤氏である。

佐藤氏は大学を卒業後、世界38カ国を放浪してカナダに辿り着き、25歳でトロントで起業。この30年は、北米での温泉開発事業に携わっている。300カ所以上のアメリカの温泉を巡り、カナダでも88カ所の温泉を訪れ、「カナダで最も多くの温泉を踏破した人物」として広く知られている。時にはヘリコプターに乗り、時には熊に遭遇しながら、北米の秘境の温泉に挑戦する行動力とその温泉の知識から、北米の地質学者や温泉関係者の間では、『ミスター・ホットスプリングス』と呼ばれている。現在、ハリソンミルズのゴルフ場で温泉掘削中の佐藤氏を訪ねて、最近のカナダの温泉事情を聞いた。

 

 

温泉仲間のチャック・ランメル氏とアメリカ・ユタ州の温泉に浸かるマイク佐藤氏(左)

 

温泉は世界各地に

 日本は言わずと知れた温泉大国である。それは富士山をはじめ、108もの火山があるからである。この数は世界に存在する火山の約7パーセントに当たる(JICE国土技術研究センター調べ)。温泉地の数は3088カ所あり、温泉施設となれば2万1161カ所存在する。(環境省自然環境局の2016年3月データ)。温泉といえば日本というイメージがあるが、温泉はアイスランドやニュージーランド、イタリア、中国、アメリカなど世界各地に存在する。そして近年、温泉国として知られるようになりつつあるのが、カナダとアメリカである。アメリカは世界で3番目の源泉数があり、カナダも世界で6番目にランクされている。カナダの温泉は、太平洋岸のブリティッシュ・コロンビア、アルバータ、ユーコン、ノースウエストの4州にだけある。そしてカナダの温泉の85パーセントはBC州に偏在している。

 温泉と聞いて日本人の思い描くものと、北米人が思い描くものは違うという。日本人が思い描くのは、ちゃんとした施設となっており、豪華な料理が出る旅館やホテル、ご当地の土産品が売っており、あわよくばスパやマッサージが付いている温泉である。だが北米人が温泉、つまり「ホットスプリングス」と聞くと思い描くものは違う。険しい道を辿った先の山奥にひっそりと沸いており、脱衣所すら時にはなく、当然施設化されておらず、お土産も売っていない、日本でいう「秘境の温泉」。東北の山奥の熊に遭遇しそうな原始的な湯だまりを北米では温泉と呼ぶ。BC州の有名なハリソン温泉にある「ハリソンホットスプリングス・リゾートアンドスパ」は立派な施設だが、これもまた日本人客を困惑させることがある。瀟洒なホテルが建ち、温浴施設は整備されているが、プールの温度がぬるく、塩素臭もする。日本の温泉旅館のイメージで行くと、これでは温泉ではなく、温水プールではないか、となる。この北米の商業温泉地と日本の温泉地の違いは、「温泉の定義」と、温泉開発に関する法律の違いに要因があるそうだ。

 

温泉の定義

 そもそも日本には「温泉法」という昭和23年に施行された法律があり、その中に「温泉の定義」が示されている。日本の温泉法が定める「温泉の定義」とは「泉源の水が温泉法が定める成分を一定以上含んでおり、摂氏25度以上のもの」(第2条第1項)とある。この温泉法が定める成分が一つでも定められた量以上含まれていれば、日本では「温泉」と認定される。それは自然に湧出している温泉にも、ボーリングと呼ばれる作業によって人工的に発掘した温泉にも適用される。大半の日本の温泉地では温泉組合が設立され、泉源を集中管理して、各旅館や必要とする施設に送湯している。こうして一つの温泉地に無数の温泉旅館やホテルが生まれ、温泉街が形成され、特産品や名産、土産が誕生するのである。日本ではこのようにして熱海や草津、箱根など巨大な温泉観光地が生まれたのである。

 ところがカナダでは温泉法はないが、人間の体温(37度)以上の、地殻の変動や熱水活動で自然に湧出したのが温泉となっている。「温泉の定義」とはあくまでも「自然に湧き出た温水」のことなので、自然に湧き出たもの以外、つまりは人工的に掘り出した温水をホットスプリングス(温泉)と表示はしない。そして北米では河川や温泉を含む、自然湧出泉などの天然資源の権利は州に属すると定められている。もし自分の土地から温泉が湧きだしても、それを使用するには州政府の使用許可書が必要になる。この温泉を使用できる権利が、水利権(英語でWater License)なのである。 水利権はその土地に付与され、土地の持ち主か、土地を使用する正式な権利を有する者にしか許可されず、通常は一個人か一社に付与される。

 日本だと鬼怒川温泉や箱根温泉に行けばほとんど旅館に温泉が引いてあるが、これは温泉組合が源泉を集中管理して、各旅館やホテルに送湯しているからだ。ところが北米では源泉独り占めで分湯できないので、北米の温泉巡りをするときに注意しなければならないのは、観光地や町の名称が「Hot Springs」となっていても、温泉は一カ所にしかなく、周辺のモーテルやホテルには温泉がない。なかには温泉は十数キロ離れた国立公園の中にあり、温泉の名称が付いた町には温泉がないこともある。分湯できないので日本のような風情のある温泉街が、形成できなくなっているのも北米の温泉の特徴だ。

 例えばハリソンホットスプリングスの場合は「ハリソンホットスプリングス・リゾート&スパ」だけが水利権を持っている。本物の温泉を堪能したければ「ハリソンホットスプリングス・リゾート&スパ」に宿泊するしかない。もし周辺のホテルやモーテルが日本の温泉のような風呂を設置しても、これは温泉ではないということになる。温泉と表示できるのは「MINERALIZED WATER: COMM. POOL」という水利権を保持している施設だけなのである。ただ同時に水利権は自然湧出温泉への一般の入浴者の入浴を阻害してはいけないと定めている。そのため「ハリソンホットスプリングス・リゾート&スパ」でも、ホテルとは別の場所に入浴料を支払えば、誰でもが温泉を楽しめるよう温泉プールを設置している。室内プールで温泉の風情はないが、一応、これはれっきとした温泉だ。

 

厳しい掘削制限

 北米と日本では温泉開発方法も違う。日本の戦後の温泉開発はすべて温泉ボーリングによってなされてきた。これは自然湧出泉でも掘削した温水でも、温泉として同じように表示できるからだ。そして一定の手続きを経れば、掘削は大都市の中心部でも、田んぼの中でもどこでもできる。掘削深度も千メートルから2千メートルぐらいとかなり深い。世界中どこでも地温は100メートル深くなると摂氏2・5度〜3度ぐらいずつ高くなるので、1500メートルも掘ると、そこに地下水があれば摂氏45度ぐらいの温度になる。温泉を掘り当てた業者は、夢や神のお告げなどと上手に宣伝するが、これは地下増温率を計算した掘削で、現在は95パーセントぐらいの確率で温泉を掘り当てられる。

 ところがカナダでは人工的に掘り出した温水をホットスプリングスと表示はしない。そのためボーリングで温泉を開発するという考え方は少なく、さらに掘削泉のガイドラインが、日本と比較してかなり厳しく、掘削できるエリアが限定されるなどの問題もある。BC州は600メートル以上の大深度井戸の掘削権を、石油、天然ガス、地熱、鉱物資源の開発にのみ許可している。BC州の地熱資源法では地熱資源とは摂氏80度以上の熱水が対象で、温泉は80度以下なので水資源と分類される。そのためBC州で温泉掘削をする場合は、大深度井戸の適用外の600メートルまでに、摂氏45度前後の温水を掘り当てる必要がある。日本の掘削温泉の93パーセントは1200メートル以上の深度なので、同じような深さまで掘削が可能であれば、BC州でも温泉発見の可能性は高くなる。ところが、この掘削深度制限で広大なBC州でも、さすがに600メートルまでの掘削で温泉を発掘できるような有望な場所は、既存の温泉地の近郊と限定されてしまう。

 この厳しい掘削制限のため、カナダでは掘削温泉はサスカチワン州のムースジョーという町に、昔の石油掘削で偶然に噴き出した温泉があるだけだ。地下1350メートルから48度摂氏の温水が毎分800リットル湧き出し、現在はカジノを含めた5つ星の「テンプル・ガーデンズ・ミネラル・スパ」という大規模なスパ施設が造られている。日本の温泉法では完全な温泉だが、この施設では掘削泉なので、ホットスプリングスではなく、Geothermal Groundwater (地熱地下水)と表示している。温泉法がなくてもこの国ではコンプライアンスが機能している。

 

プール法に基づいて

 カナダの商業温泉はすべてが温泉プール形式なのにも理由がある。カナダでは温泉はプールの法律によって建設運用される。バーナビーの市民プールと温泉に同じ法律が適用される。プール法は州法で複数の人が同時に利用する、人工的に作った水を溜める建設物(プールや浴槽など)すべてに適用される。プール法は水源を温泉に特定しておらず、水質維持と経済性や資源保護の観点から、循環濾過と塩素系薬剤による消毒を原則的に義務付けている。北米のプール形式の浴槽は、日本と比較すると深く、表面積が同じでも2倍近い湯量が必要になる。また、温水プールの場合は、1日に数百人から数千人が利用する大規模施設もあるので、湯量に制限があり、法律に基づいた安全性を最優先すると、結局は循環濾過方式しか選択がなくなる。プール法では塩素消毒殺菌、プールの色、プールに使用できる建築材料も定められていて、この法に従って建設すれば、99パーセントは温水プール形式の温浴施設になってしまう。現在日本では源泉かけ流しでなければ温泉経営が成り立たないほど、源泉かけ流しがセールスポイントになっているが、プール法があるために北米の商業温泉施設や温泉リゾートで、源泉かけ流し方式を採用している施設は、全体の1パーセントもないそうだ。

 

源泉かけ流し

 ところがBC州にある温泉の90パーセントは州有地内にあり、私有の温泉は10パーセントしかなく、商業温泉を除くと、大自然の中にあるほとんどの温泉は源泉かけ流しになっている。これはプール法に適用外条項があるからである。個人住宅のプールや、利用者ごとに給排水するホテルのバスタブなどがそれになる。それと自然に形成された天然の水溜り(『In stream』 Hot Spring)には適用されない。これを「bathing beach」と呼び、自然の河川作用などで形成された天然の野天風呂は、人工的な建造物ではないので、海水浴や川遊びと同じ取り扱いになる。源泉の保護に関するBC 州の環境保護行政は非常に厳格なのだが、州有地内にある無料の野天風呂や原始的なほったらかし温泉には、衛生局は介入しない。衛生局には広大な管区内のすべての原始温泉を、監督検査する予算と人的資源はない。そこで特別の問題が発生しないかぎり、自然現象で形成された水溜りとして、源泉かけ流しを黙認していたのだ。

(次号へ続く)

(取材 榊原 理人)
(写真提供 マイク佐藤氏)

 

 

ハリソンのゴルフ場のボーリング作業

 

 

ハリソンホットスプリングスの源泉

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。