2016年12月8日 第50号

移民に対する過激な発言で注目を集めていたドナルド・トランプ氏がアメリカ合衆国大統領選に当選したニュースはまだ耳に新しい。移民に対する風当たりがアメリカでは一層強くなりそうである。アメリカは以前から『人種のサラダボウル』といわれることがある。これは様々な人種が存在するが、決して交わらず、それぞれが固まっているという意味での比喩だ。サラダボウルに入ったレタスやトマトなどは、種類ごとに簡単に分けることができる。一方、カナダは時々『人種のモザイク』といわれている。それは遠めから見れば一色、近くで見ても色と色の境目がわかりにくい。つまり、様々な人種が完全には交じってはいないが、ある程度重なり合っているという比喩である。カナダのブリティッシュ・コロンビア州には『Multicultural Week』、和訳をすれば『多文化週間』がある。それはカナダにいる様々な移民がそれぞれ大切にしている文化や習慣、思想などを理解し、交流を深めるのが目的の一週間である。

 

 

自らの歴史を語る山本正延(通称マス・ヤマモト)氏

 

 『人に歴史あり』とは昔の人はよく言ったものだが、この『多文化週間』を彩るイベント『Weaving Our Humanity』が11月19日、ノースバンクーバーのプレゼンテーションハウスシアターで催された。直訳すれば『思いやりを編む』と呼ばれるこのイベントは、カナダの移民のサポートをするノースショア・マルチカルチュアル・ソサエティ(North Shore Multicultural Society)をはじめ、ノースバンクーバー市営図書館、ウェストバンクーバー市などが合同で立ち上げたものである。隣国のアメリカが移民に対して厳しくなり、北米の魅力の一つである多文化性の将来が危ぶまれる今だからこそ、カナダではその多文化性を再認識し、移民との交流を深めるのが目的だ。イベントはスピーチと音楽の二つによるプレゼンテーションで進められた。ゲストスピーカーたちは特にスピーチやプレゼンテーションを生業としている者たちではなく、一般の人々である。もともとは他国から移住して来たという共通点以外、年齢や職業は皆バラバラである。それぞれ生きてきた人生の『歴史』を語り、カナダとの出会い、カナダでの生活の話をスピーチとして発表した。

 イベントはまず最年長のプレゼンター、山本正延(やまもと・まさのぶ)氏、通称マス・ヤマモト氏のスピーチで始まった。89歳の山本氏は日系2世で、両親がカナダに移民して来たのは百年も前である。人生の歴史だけではなく、移民としての歴史も最も長い山本氏の『歴史』を語る上で外さずにはいられないのが『差別』、そして『戦争』だった。カナダが今のように多文化性を帯び、どんな移民でも快く受け入れられるのはごく最近のことで、山本氏の幼い頃はむしろ『人種差別』の方が強かった時代である。仕事を日系移民に奪われた労働者らによる激しい差別的発言や行動を受けて育った。そしてその差別は太平洋戦争勃発と共にピークを迎える。家族と共にレモンクリークにある強制収容所送りとなり、そこで終戦まで過ごすことになった。移民として、幼い頃の記憶は辛いことの方が多かった山本氏だが、今では差別もほとんどなくなり、移民が快く受け入れられるようになったうれしさを語る。そして最後に山本氏は娘のナオミ・ヤマモトBC州政府緊急事態対応州務大臣について述べた。「両親とこの国に来た時には、白人以外が政府の役職に就くとは想像すら適わなかった。だが今、こうして日系3世である娘が政府で働いていることをうれしく思う」と気持ちを語り、スピーチを終えた。

 山本氏に続き、二人によるスピーチが行われた。一人はイランから移住して来た高校生、サハール・サッジャーディさん(17歳)。移住したばかりで英語がまだ喋れなかった頃の高校での苦労や、どのようにその苦労を乗り越えて来たかを語り、友達を作るのに必要なことは一歩を踏み出す勇気であると語った。その一歩を踏み出した勇気で、まだ拙い英語で積極的に喋りかけたおかげで、今ではたくさんの友人と楽しい学生生活を送っているとも述べた。

 二人目は中国の上海から移住して来たジャネット・ズゥさん。移住して来たばかりに受けたカルチャーショックについて話した。ズゥさんは、カナダでは様々な人がそれぞれの考え方や思想を持ち、それを特に隠すこともなく表現していることに驚いた。英語が不自由で苦労していた頃、彼女の英語を訂正してくれる友人に出会い、今もその友人との交友は続いている。たった一人の友人がいるだけで彼女のカナダでの生活は楽しくなり、それが心の支えとなり、ここまでやって来れたと語る。二人のスピーチで共通したのは友人を作ることが最も大事な異文化交流であり、カナダ国民となる一番の早道だと語っている。

 イベントではスピーチだけではなく、様々な民族楽器による演奏も行われた。まず始めにノースバンクーバーにあるブロックトン私立学校のワールドミュージック・プログラムの生徒たちによるマリンバ演奏が行われた。マリンバはアフリカ(ジンバブエ)の伝統民族楽器である。アフリカの伝統音楽やディズニーの『ライオンキング』でも使用された「The Lion Sleeps Tonight」の軽やかな曲が奏でられ、会場は沸いた。続いてバンクーバー・インターカルチャー・オーケストラから中東の楽器を得意とする三人組による演奏があった。日本の琵琶のような楽器と、西洋のバイオリンのような楽器、そしてタンバリンや太鼓などの打楽器による演奏だった。西洋とアジアが交差したような中東の音楽が奏でられ、会場は一気に中東の雰囲気に包まれた。

 最後にスペシャルゲスト、ガルディープ・パルハー・ブリティッシュ・コロンビア大学・薬学教授によるスピーチでイベントは締められた。パルハー教授はテッドトークにも招待された経験があり、彼の『Fixing Racism』の動画は世界中で30万人以上の人々に視聴されている。彼自身、バックグラウンドはインドにあり、幼い頃から差別に苦しめられた一人である。 ハルパー教授がスピーチの中で強調したのはステレオタイプ(既成概念)である。

 「ステレオタイプは『人種差別』の始まりである。だがそれは人間の脳がそのように情報を処理するようにできているからだ。人間の脳は情報を定型化するため、既成概念というものを構築する。ステレオタイプは脳が勝手に作用する、つまり無意識に行われるが、我々はそれを意識しなければならないのだ。意識することによって、自分が持つステレオタイプと正面から向き合うことになり、消滅させることが可能となる。自分一人では、差別と戦って消滅させることはできない、我々が全員で差別と戦わなければ差別をなくすことができない」と語り、教授はスピーチを終えた。

 カナダは『人種のモザイク』。『モザイク』の所以は、様々な国から来た人々がそれぞれの文化や習慣、思想などを大事にしながら、他人の文化や習慣、思想などを理解しようとする心があるが故である。完全に理解し合うことは難しいかもしれないが、交流をして初めて、色と色の境目は少しずつなくなっていくのである。モザイクのように。

(取材 榊原 理人 / 写真提供 North Shore Multicultural Society)

 

 

ブロックトン校の生徒によるマリンバ演奏

 

 

バンクーバー・インターカルチャー・オーケストラの楽団員による中東楽器演奏

 

 

人種差別について語るスペシャルゲスト、パルハー教授

 

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