「家庭で必要なさまざまな契約」

〜カナダで自分と家族を守るために知っておきたいこと〜

 

ある日突然、あなたが意識不明の状態に陥ったら、家族はあなたに代わって財産や医療に関する決定を行うことできるだろうか?配偶者や子供であれば自動的に代理人になれると思っていたら、それは間違いだ。もしものことがあった時に家族が困らないようにするためには、さまざまな文書を前もって準備しておく必要がある。日英バイリンガルの弁護士として活躍する森永正雄さんに、カナダで生きる上で大切な契約や記録について話を聞いた。

 

 

弁護士の森永正雄さん

  

個人の権利を尊重するカナダにおいて大切な「委任状」

家庭で必要な契約には、どのようなものがありますか?

 まず「遺言書」(Will)がありますね。これは遺言書作成者の死後に、その人の財産をどのように配分するかを取り決める法律文書です。これはよく知られていると思います。でも、遺言書と同じくらい大切なのに多くの方がご存知ないのが、「委任状」(Power of Attorney)です。これは生存中に意思決定能力を失った時に、自分に代わって決定を行う権限を誰に与えるかということに関する文書です。事故や病気による判断能力の喪失は、誰にでも起こりうることです。そうなった時に委任状がなければ、困ったことになります。

委任状がないと、どんな問題が出てくるのでしょうか?

 カナダは、個人の権利やプライバシーを守ることを特に大切にする国です。夫婦の関係は必ずしも円満とは限りませんから、委任状を作成しないまま判断能力を失くした人がいた場合、たとえ配偶者でもすぐにその人の代理人になることはできないようになっています。例えば、意識がない人の銀行口座からお金を下ろしたり、その人の名義の自動車を売ったりすることはできません。実際に、委任状がなかったために車を売れず、誰も運転できないその車のローンを払い続けることになったケースもあります。本人に判断能力がなく、委任状もない状態で、家族がその人の代理人になろうと思ったら、煩雑な裁判手続きが必要になります。二人の医師の鑑定書や、Public Guardian and Trustee(公共後見人・管財人)の調査報告書、法廷料などが必要で、費用は合計で数千ドルにもなります。そうならないためには、元気な時に委任状を準備しておくのが一番良いのです。委任状の作成にかかる費用は、裁判手続きの費用に比べればとても小さな額です。

委任状には、どのような種類がありますか?

 金銭面・法務面の代理を委託するための文書には、永久性委任状(Enduring Power of Attorney)があります。これは本人に判断能力がある時にも、判断能力がなくなった時にも有効で、代理人は所有財産に関する全てを代理で行うことができます。「永久性」というのは、一度作成すれば一生効力があるという意味ですから、若い時から作成しておくと良いですね。医療や介護など、身体に関わることを決める代理人を任命するためには、金銭面とはまた別の代理契約(Representation Agreement)が必要になります。医療面に関しては、もし当人の委任状がないまま、すぐに決断が必要になった場合、医療関係者が「一時的な代理意思決定者」(Temporary Substitute Decision Maker)を選びます。例えば、配偶者や子供ですね。ですから金銭面に比べると医療面の方が、委任状なしでも家族が速やかに代理で決定を行うことができるようにはなっています。

 

結婚契約書

遺言書と委任状の他に、家庭において重要な契約とは?

 結婚契約書(Marriage Agreement)も重要です。これは離婚する時の財産の取り扱いなどに関する取り決めです。カップルにとって、別れた時のことというのは、あまり話したくない内容ですよね。ですから、このような契約書を作成する人が少ないのが現実です。作成している人には、すでに子供がいて、二度目の結婚をする人などが多いですね。でも結婚契約書がなければ、望むと望まざるにかかわらず、別れる時には財産を分割することが法律で決まっています。基本的には、結婚している期間に築いた財産は均等に分けることになります。そうしたくないならば、結婚契約書でそれをはっきりとさせておくことが重要です。また結婚していなくても、BC州では事実婚(common-law)のパートナーでも同じことになります。一緒に住んでいた期間に得た財産を別れる時に半分ずつに分けたくなければ、それを記載した同棲契約書(Cohabitation Agreement)に両者が署名をしておく必要があります。

 

行政不服申立

家庭における契約の他にはどんな仕事をされていますか?

 行政不服申立も取り扱っています。これは、行政機関に対して不服を申し立てるということですね。例えば、移民局がクライアントの永住権を取り消すという判決を出した後に、これを不服として申立を行う仕事をしています。カナダの永住権を持っている人は5年のうち最低2年はカナダに住んでいなければ、永住権が取り消されます。でも、やむをえない事情でこれを守れなかった人の場合は、人道的な配慮で永住権が取り消されないこともあります。例としては、親の介護のためにカナダを長期間離れなければならなかった時などですね。もしそうなったら、介護をしていたことをあとで証明できるように、書類や記録を準備しておくことが大切です。ただし注意していただきたいのは、このような人道的な理由が十分にあるかどうかはケース・バイ・ケースで、さまざまな事情を考慮した上で政府が決めるということです。そのため、カナダを許された期間以上留守にする際は、永住権を失う覚悟が必要です。

 

口約束で済ませないこと

日本から来た人がカナダで経験することが多いトラブルとは?

 日本とカナダの文化の違いからくるトラブルがありますね。日本人には、ルールを守る人が多いです。でも他の国の文化だと、「ルールを破ってもなんとかなるんじゃないか」という気楽な考え方もあります。だからこそ、ここでビジネスをする方は何事も記録に残して、自分の身を守ることが大切です。例えば、日本人は見積もりなども口約束で済ませることが多い。「この仕事はXドルで仕上げます」というような口約束です。それであとで追加したりもする。「ここも直して下さい」と顧客に言われて、口約束で仕事の内容を変えていくのです。そうすると、後日顧客が「気に入らないから、お金を払わない」と言ってトラブルになった時に、たとえ自分の主張の方が正しくても、それを証明できなくなります。口約束ではなく、書面に残すことが重要です。せめてEメールだけでも書いて下さい。電話で話した後は、電話で同意した点をまとめて、Eメールで送る習慣をつけると良いですね。

書面等の証拠が残っていない場合は、どのように弁護されるのですか?

 裁判になると、重要なのは「誰が正しく、誰が正しくないか」ではなく、「証拠があるか、証拠がないか」です。契約書や記録が残っていない時には、証言を証拠として使うこともありますね。証言しかない場合、判事はどの証言が信用できるかを判断します。ビジネスの場合は、ビジネス改善協会(BBB)による評価なども使って、そのビジネスがどれだけ顧客に信用されているかを証拠として提出できるかもしれない。でもあまりにも証拠が不十分である場合には、裁判所に申し立てることをお勧めしないこともあります。

 

大切なのは記録すること

個人はどのようなことに気をつけるべきでしょうか?

 さまざまなことを記録することが大事ですね。家のリフォームをする時も、カナダを一時的に離れる時も、それを記録すること。レシートや写真などを記録として保存しておけば、あとで証明できます。交通事故に遭った時は、目撃者を見つけて連絡先を聞いておくこと。後日証言してもらうためです。また、盗難時に備えて、自分が所有している家具などの写真を撮っておくのも良いですね。

読者へのメッセージをお願いします

 最も大切なことは、しっかりと自分の立場を守ることです。自分の立場を守るというのは、強引に自分の意見を通すということではなくて、何事もきっちりと記録して、起こりうるさまざまな状況に対して準備をしておくことです。遺言書や委任状を用意するのも、元気な時にするのが一番です。私はカナダで生まれ育ちましたが、日本語も話せますので、何でも気軽に相談していただければと思います。

 

 

森永正雄さん プロフィール

日本人の両親のもとにカナダで生まれ育った日系二世。幼少期からグレード12まで、バーナビーのグラッドストーン日本語学園で日本語を学んだ。2010年、ブリティッシュ・コロンビア大学法学部を卒業後、リッチモンドのローレンス・ウォン&アソシエイツ法律事務所に所属。日英バイリンガルの弁護士として、遺言書や委任状など家庭で必要なさまざまな契約、民事訴訟、行政不服申立などの案件を取り扱っている。

ローレンス・ウォン&アソシエイツ法律事務所

#215-8600 Cambie Road Richmond BC V6X 4J9

Tel : 604-728-4474

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(取材 船山祐衣)

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