田中信生氏 講演会開催

 

神経症や不登校など、数多くの心を病む人など多くの人にカウンセリングを行なっている、トータル・カウンセリング・スクール主宰の田中信生氏の講演会が6月9日、バンクーバーのザ・リステル・ホテル・バンクーバーで開催された。氏のユーモアを交えたわかりやすい話を聞こうと、アメリカからの参加者を含め約35 人が集まった。

 

 

ユーモアを散りばめながら、参加者に語りかける田中氏

  

アメリカからも講演会を聞きに

 アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスから参加の細居啓子さんら4人は、日ごろから仲間で集まり田中氏の講演記録や著作などを勉強しているという。

 そんな細居さんが、まず自分の体験談を披露した。転勤そして子育てと日々の生活に追われていた頃、次第に息子との距離が離れていき、非行に走る彼をどうすることもできなくなったという細居さん。そんな大変な思いをしていた時、ふと誘われた田中氏の講演会を聞きに行ったところ、話につい引き込まれ笑っているうちに、温かいものが心の中に生まれてきたという。

 それ以来、田中氏の言葉を聞き続けて見えてきたのは、息子の気持ちを汲み取れず、逆に自分の中にあった競争心を息子に植え付けようとしていた、自分の姿だった。その状況を解決しよう、自分が変わろうと、講演記録を聞き続け著作を読み、さらに仲間と共に語り合ううち、家族は再び絆を取り戻すことができた。

 今ではそんな子どもたちも家庭を作って独立するまでになったが、自分も家族も大きく変わることができたのは田中氏の言葉だったと、細居さんは当時を振り返っていた。

 

心豊かになるために日々心がけるべきこととは

 「心豊かに」と言うとき、豊かさとは何か?が重要となってくる。経済的に安定することが心豊かになることだという意見もあれば、健康こそが一番大事という人もいる。また現代では、あふれかえる知識(情報)に飲み込まれるのではなく、逆にそれを制する能力を備えなければ心の安らぎは得られないようにも見える。

 それに対し田中氏は、人間関係能力こそが、心豊かな人生を送るために心がけるべきたった一つのことだと指摘する。たとえお金や学歴があっても、まわりの人とうまくいかない、相手の気持ちを理解できないなど、人間関係によってはそれらを全く生かせないことも多々ある。

 また、ちょっとした会話が原因で人間関係が崩れるなど、その扱いには苦労することが多いのも事実だ。

 

田中氏の講演に聞き入る参加者

 

人間関係を上手にする3つのコツ

 では、どうしたら人間関係を上手にすることができるのだろうか。もともと人付き合いの好きな人もいれば、苦手と思う人もいる。

 それに対し田中氏は、誰でも無理なくできる3つのステップ(コツ)を示した。

ステップ1:聞く人になる

 聞き上手になるということが、全ての基本となる。「ただ黙って聞いているだけなら簡単だ」と思ったら大間違い。真剣に聞いているかどうかは、本人も気がつかないうちに顔の表情に表れてくる。話し手が本当に話したくなるかどうかは、聞き手の姿勢で決まってくる。

 日本人がよく頷いて相槌をうつのは、相手に話を促すいい習慣だと田中氏。しかしここではもう一歩踏み込み、自分が相手の話を能動的に、しかも何も足し引きしたり脚色したりしないで、話をそのまま聞いていることを分かってもらうようにする、ミラーリングと傾聴という手法が紹介された。

ステップ2:行間を聞く

 相手の話をそっくり受け入れることができたら、次はその話に埋め込まれていた話し手が伝えたかったことを汲み取ることに注意を向ける。人は頭の中で考えてから、そのことを言葉で表現しようとするが、必ずしもこの二つが一致するとは限らない。聞き手が最終的に理解すべきは相手の考えにあるので、受け取った言葉には背後の意味があることを意識し、そこを読みとることが重要となってくる。

ステップ3:話したかったのだが、話せなかったところを聞く

 行間が読めるようになり、その人の考えに迫ることができたら、次のステップーどうしてそういう考えに至ったのかというところまで意識を向けるように努力する。それは頭より深い部分、心の声とも言えるだろう。入院している老人が「ああ、早く退院できないかなぁ」とこぼすのを聞いた時、どんな心情でこの言葉が出てきたのかを遡ることができれば、この老人と心のつながった会話、人間関係を築くきっかけとなる。

 

相手を変えようとしない自分を変える

 また田中氏は、聞き上手になるための心構えについてもいくつかポイントを解説したが、その中で強調されたのは、人を動かそうとしたり状況を変えようとしたりすることはストレスをさらに増加させるだけで、人間関係はかえって悪化するということだった。

 人に「しなさい」と言うのではなく、「そうしたくなる」ように自分が工夫することで、自分の悩んでいた人間関係が見事に解決した具体例も引き合いに出しながら、田中氏はそのノウハウを説明していった。

 結局、人生を豊かにする秘訣とは適切なアドバイスを受けながら、最終的にはそれを実践し自分を変えることに挑戦できるかどうかにかかっていることが、今回の講演会で見えてきた。田中氏はこれを「人生はあなた持ちなんですよ」と参加者に語りかけ、講演会を締めくくった。

 

会場からも熱心な質問が出された

 

実践的なセミナーで自分のものに

 講演会では人間関係の大切さから心を豊かにするための手法が紹介されたが、その翌日には、そうした温かいコミュニケーション能力を自分のものにするための実践セミナーが、バンクーバー・ダウンタウンのYWCAで開催され、約30人が参加した。

 セミナー冒頭、前日の講演会でも強調された傾聴の重要さをわかりやすく紹介する寸劇が、トータル・カウンセリング・スクール・バンクーバー支部のメンバーによって披露された。「ママ、○○ちゃんのおうちでね、ケーキご馳走になってきたの」と話す子どもに、母親の対応によってどんなストーリー展開になっていくのかノ頭ごなしの会話の場合と、傾聴した場合とでの結末の違いを見終わった後、参加者はその重要さをひしひしと感じ取っていた。

 傾聴という、その人のありのままを受け入れる手法の極意は、その人の外側に見えているものー行動であったり、肩書きや財産など(『doing』と呼ぶ)ーにフォーカスするのではなく、その人の存在、命そのもの(『being』と呼ぶ)を受容するところにあると、田中氏は説明する。

 

講演後、参加者と歓談する田中氏

 

一元に、生きる

 残念なことに、現代社会は何事も「ある、ない」「できる、できない」という二元的なdoingで価値を判断し、行動するよう教育されている。しかし、doingで物事を見る生き方にはブレーキがない。どんな人でもその人そのもの(being)を受け入れる、一元の世界に生きる人生観を確立することで、人は穏やかにいつまでも元気でいられると田中氏。

 さらに受け入れるということ(受容)について、氏は次のようにも語った。日本では愛に相当する概念がもともとないが、大切にされていると感じることが愛の実感に一番近いものであろう、そして人から受容されることは自分が大切にされているという感覚をもたらし、人は相手に受け入れてもらった分、心を開いていくものであると。

 一元に生きることができれば、傾聴している人には話し手の向こうに、その人の豊かな未来が見えてくるという。そうすれば、その人に対して心から「大丈夫、私にはあなたが幸せになっている姿が見えているんです」と、声をかけることもできるのだ。

 

田中信生(たなかのぶお)氏 プロフィール

トータル・カウンセリング・スクール主宰。米沢興譲教会 牧師。

1943 年、東京に生まれ、山形県米沢市で育つ。東京の神 学校で学んだ後、アメリカに留学。オークランド・シティ 大学、アズベリー神学大学院を卒業。1976年に帰国後は、 牧師としての仕事に携わると共に「心の時代」のニーズに 応えて、学校・医師会・企業などで講演。 また、不登校児、神経症の人たちと生活を共にし、回復に 導いている。

その実践の中から体系化されたカウンセリング理論と手法 をさらに発展、普及させるべく、「トータル・カウンセリング・ スクール」を創設。全国各地で活動を展開、そのユーモア にあふれた語り口には大勢のファンがいる。「そのままのあ なたが素晴らしい」など著書多数。

トータル・カウンセリング・スクールのウェブサイト: http://www.e-tcs.com/

 

(取材 平野直樹)

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