2019年1月1日 第1号

「レストランは大好きな場所だけど、それをキャリアにするなんて思ってもいませんでした。だってキッチンといえば、気性の荒い怒ったシェフが働いている場所というイメージが強かったから」

元Zen Kitchen オーナーで、カナダのドキュメンタリー番組The Restaurant Adventures of Caroline&Daveで一躍有名になった、セレブシェフ石井キャロラインさんは言う。本紙では、そんなキャロラインさんが、シェフになった経緯から現在の活動を紹介する。

 

日系カナダ人シェフ石井キャロラインさん

 

●忘れていた夢

 学生の頃、バイトで10年間、レストラン業界で働きました。「食べ物を作る」「食事を出す」というコンセプトが好きなので、レストランはお気に入りの場所でした。でも、それをキャリアにするなんて思ってもいませんでした。だって、キッチンといえば、気性の荒い怒ったシェフが働いているというイメージが強かったから。ただ、20代の頃、誰もが一度は夢を膨らますように「いつか自分のレストランが持てたら素敵だろうな」とは思ったことがありましたね。でも当時は、そんな資金もコネもなかったので、結局、忘れてしまいましたが。

 そして20年後。ライターとして有名なジュリア・キャメロンさんが勧めているモーニングページを始めました。これは、朝起きたら、自分の頭の中にあるものすべてを書き出すという作業です。頭の中にあるガラクタを外に出すと、金塊のような情報がたまに混じっているという発想です。私の場合は、20年前に思い描いていた自分のレストランを持つという夢をそこから見つけ出しました。でも年齢的なことや、料理学校に行った経験がないことで、今さら実現するのは厳しいだろうと…。そう頭では納得しているのに、モーニングページにはやはり「いつかレストランを」という私の気持ちが繰り返し現れる。こんなに出てくるのだったら、どんな感じかちょっと試してみるだけでもと思い、ニューヨークシティーにあるNational Gourmet Instituteに行くことにしました。

 この学校は、食事、環境、健康を軸に、健康食に焦点を当てています。ちょうど年齢的にも健康管理に興味を持ち始めた頃だったので、ぴったりでした。若い子たちに混じっての1年間のプログラムは、楽しかったですよ。その後サンフランシスコと東京でインターンを終え、カナダに戻り、当時ニューヨークで話題になっていた「ポップアップ・レストラン」をオタワで始めました。毎回、レストランの場所とメニューはサプライズだったので、お客さまたちはワクワクしながらこのイベントに足を運んでくれました。また当時は珍しかった「ホールフーズ」の食事も提供しました。全てスクラッチから、心を込めて、食事を作りました。そうしていると、周りから「ぜひ、レストランを始めてほしい」という励ましの言葉をもらうようになりました。

 

●メディアで注目を浴びる

 2009年に、オーガニック、ローカル産、自然食品、健康と環境に焦点を当てた、Zen Kitchenを始めることになりました。ちょうどレストランの開業準備をしている際、ポップアップ・レストランで知り合ったお客さんが、一枚の申請書を持ってきました。リアリティー番組の制作会社が、レストランを開業したい新米オーナーを募集しているとのこと。せっかくだから面接に行ってみたら、すぐに出演が決まりました。The Restaurant Adventures of Caroline & Daveと呼ばれる番組で、私生活からレストランの様子まで、ハプニング続きの一年がしっかり収録されています。自宅とレストランの鍵は制作会社側に預けたので、プライバシーなんて、存在しない一年でしたね。朝起きたら、すでにクルーたちが乗ったバスが家の前に止まっていたり、レストランでの長い一日が終わってから家に戻っても、カメラを抱えたクルーたちが家の中にいましたから。2009年に撮影が始まり、当時オプラ・ウィンフリーが所有していたW Networkから2010年にカナダ国内で放送されました。

 その後、2010年、2011年は、カナダで有名な料理コンペティションで2年連続、銀賞を受賞しました。Lonely Planetやエアカナダ機内紙を含め数々のメディアから注目を浴びるようにもなりました。今、振り返ってみると、モーニングページを始めて、ちょっと試してみようと料理学校に行ったのがきっかけで、ここまでたどり着いたので、人生何が起こるかわかりませんね。

 

●2018年は日本でも料理本を出版

 ニューヨークの料理学校に通っていた頃のルームメートで、現在でも仲良くしている料理研究家のいとうゆきさんに、料理本の出版に興味があることを相談すると、早速、出版社を紹介しくれました。2017年11月には、「カナダ料理」「ヴィーガン」をテーマにした料理本の制作に、東京の出版社まで行ってきました。その際には、元Zen Kitchenの日本人シェフ石原亜希子さんも同伴してくれ、2〜3日間で、40種類の料理を準備しました。私の方は、レシピに出てくるコラムの日本語訳が自分の言いたいことを表現しているか確認したり、本に使う写真を選んだりと、あれやこれやとしているうちに、結局、日本にはそのまま6カ月も滞在しました。そして2018年の4月に「カナダを旅するヴィーガンレシピ」が誕生しました。日本で実際に手に入る食材を使ったレシピで、日本の計量カップ(注1)に基づいて何度もテストしているので、日本にいながらカナダのヴィーガン料理が楽しめると思います。是非、レシピ本にあるOnion Soup with Miso Cheese, Mac and Cheese, Apple Crispといったコンフォートフードと知られるカナダ料理を試してもらいたいですね。

(注1)日本とカナダの計量カップの分量は違う。1カップに対して、日本200mlカナダ250ml

 

●キャロラインさんの自伝  The Accidental Chef(偶然になったシェフ)

 私はカナダで生まれ育ったので、日本へは2、3年に一度は、短期で訪問していますが、6カ月もの長期滞在をしたのはこの間が初めてで、前回はなんだか故郷に戻った気分でした。私の場合、祖父が淡路島で亡くなっていて、ご先祖様たちも皆、日本人です。だから散歩がてらにお寺に何度も足を運ぶことで、ご先祖様たちを身近に感じることもできました。日本がこんなにスピリチャルな場所だったとは思ってもいませんでしたね。初著書The Accidental Chef(偶然になったシェフ)には、さらに詳しく私の家族背景から、シェフになるまでの道のり、そして食べ物をめぐる冒険について書かれていますので、読んでみてください。

 

●取材後記

 「どんな感じかちょっと試してみよう」と料理学校に行くことにしたキャロラインさん。この、「ちょっと」一歩足を踏み入れたことで、彼女の人生は想像もしなかった展開につながった。もしあの時、「私はもう歳だから」とレストランを持つ夢を諦めていれば、レストランを持つことはなかっただろうし、リアリティー番組に出演したり、本を出版することもなかっただろう。「ちょっとのリスク」は人生において大切だとキャロラインさんは言う。リスクを取っても望んでいた結末につながらないことも経験するだろう。でも同時に、この「ちょっとのリスク」が思いがけない人生の転機につながる事もある。結局のところ、リスクを取らないと何も始まらない。勇気がいるかもしれないが、「まずは、毎日、いつもと違うことをしてみる。散歩の際に、いつもと違う道を歩いてみるなど、小さなことから始めてみれば」とキャロラインさんは提案する。そうすることで、「ちょっとのリスク」を恐れないメンタリティーを築きあげることができるのかもしれない。彼女の言葉に、背中を押された気分になった。

・現在東京にいるキャロラインさんは、2019年1月の半ばからカナダフェアを企画中だ。東京の表参道にあるOnes Restaurant でゲストシェフとしてランチとディナーを作ったり、お料理教室を開催する予定だ。最新情報は、キャロラインさんかレストランのウェブサイトからhttp://onesholdingcompany.com

・カナダを旅するヴィーガンレシピ、The Accidental Chef(偶然になったシェフ)はアマゾン等で購入可能

石井キャロラインさんウェブサイト http://www.carolineishii.com/

(取材 小林昌子/写真提供 石井キャロラインさん)

 

ポップアップレストランを始める

 

リアリティー番組に1年間出演

 

日本で料理本を出版

 

料理本出版のため、東京へ。(左)元Zen Kitchenヴィーガンシェフ石原亜希子さん・(中)石井キャロラインさん

 

「カナダを旅するヴィーガンレシピ」 キラジェンヌ社

 

カナダのヴィーガンレシピがいっぱい

 

カナダのヴィーガンレシピがいっぱい

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。