2018年12月13日 第50号

12月9日、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市内のUBCチャンセンターでバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ) の演奏会が開かれた(メディアスポンサー:バンクーバー新報)。世界的に知られるバッハ演奏の第一人者、鈴木雅明氏が創立したBCJ は、国内外でバッハの宗教曲を中心とした演奏活動を行い、高い評価を受けている。

待望のバンクーバー初公演に駆けつけたのは約1100人。カリスマ性たっぷりの鈴木氏の指揮によるBCJ の演奏会は、歓迎の拍手で始まり、スタンディングオーベーションとともに成功裏に終わった。

 

スタンディングオーベーションで終わったバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の演奏会(Photo by: Jan Gates)

 

世界中で絶賛

 バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は世界的なバッハ演奏家、オルガン・チェンバロ奏者、指揮者、また音楽研究者として知られる鈴木雅明氏がオリジナル楽器のスペシャリストを擁し、1990年に結成したオーケストラと合唱団。創設以来、日本から世界へ、バッハの音楽を発信し続けてきた。2013年に、18年間かけて時系列順で取り組んできたバッハの『教会カンタータ』(全55巻)の録音を完成。大きな話題を呼んだ。

 冒頭で、コンサートの企画団体『Early Music Vancouver』の事務局長兼芸術監督のマシュー・ホワイトさんが「実は私もBCJ ファンで、心待ちしていました」と述べ、続いて羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事が「バンクーバーには1カ月前に着任しました。この演奏会に出席できて光栄です」と挨拶した。

 

バッハの音楽を現代に

 慶應義塾大学教授でバロック音楽が専門の佐藤望教授は、公演に先立ち次のようなメッセージを寄せてくれた。

 「鈴木雅明氏のBCJ が、1995年からバッハ・カンタータのCDをBIS社から出し始めたとき、ドイツのバッハ関係者たちは衝撃をもって受け止め、歓迎しました。正確で繊細なドイツ語の表現、近年の演奏研究の成果を採り入れつつも、とても自然に受け入れられる、とても印象に残る音楽表現を、やがて世界が評価するようになります。あれから20年以上が経ちましたが、バッハの音楽を現代に常に新鮮に響かせる努力を重ねながら、BCJ は変わり続けています。

 近年世界中でツアーを行い、各地で非常な人気を博しているBCJをバンクーバーに招くことは、Early Music Vancouver の悲願でした。カンタータ全曲録音を昨年終了し、今年は鈴木優人氏を首席指揮者に加え、世界のBCJは次の次元へ活動を広げています」

 

バンクーバー初公演

 舞台の中央に置かれた楽器は、バロック音楽で広く使用されるチェンバロ。金箔を施した贅沢な装飾が美しいチェンバロはフランス様式の二段鍵盤で、ウエスト・バンクーバー在住のクレイグ・トムリンソンさんが製作し、妻のキャロル・ツユキさん所有のもの。トムリンソンさんが音量的にこの機種を選び、前日から調律して調整した。

 オープニングはJ.S.バッハの『管弦楽組曲第2番』。チェンバロを弾きながら指揮をする鈴木氏を囲むように、弦楽器奏者が並ぶ。バイオリンとビオラの美しい音色とともに、バロック・フルートやオーボエが魅力を放ち、チェンバロがバロック時代の雰囲気をかもし出す。

 ゲストはイギリス出身のソプラノ、ジョアン・ラン。ブルーのドレスに身を包み、ヘンデルの宗教的な声楽曲『風よ静まって』を、澄んだ声で語りかけるように歌った。

 荘厳な宗教音楽。ゆっくりと続く短調が、最後に長調に変わる瞬間。鍵盤を離れた鈴木氏の両手が、高く、神を仰ぐように広がった。

 

古楽器による演奏

 BCJ コンサートマスターの寺神戸(てらかど)亮さんによると、バロック時代のバイオリンは現在のバイオリンと形や厚みが異なり、弓の曲線も違う。またガット弦(羊の腸)を使用することによって、柔らかく素朴な音色を作るのだという。

 終演後にバンクーバー交響楽団終身名誉コンサートマスターの長井明さんが「低いピッチから醸し出される何とも云えない静かな音、心を癒してくれるような静かな響きに鈴木さんがカリスマ性豊かな香りとピリッとしたリズムを一杯加えた素晴らしいグループ演奏でした」と絶賛した。

 

心の糧を

 「始めの温かな拍手から、お客さまが待っていてくれたことを感じました。昨日アメリカのワシントン州で演奏し、バスでバンクーバーにやってきました。いいホールで演奏ができて良かったです」と寺神戸さん。

 北米はヨーロッパに比べると、古楽器によるバロック音楽演奏は、日本と同じようにまだまだ知られていないと話す鈴木氏。「バッハの音楽は、日々に必要な心の糧を得るためのものです。ですから、聞いてくださる方が、この音楽から少しでもこの世を生きていく力と慰めを得てくだされば、大変うれしいです」と話している。

 

Masaaki Suzuki Profile
鈴木 雅明(すずき まさあき)
1990年バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)を創設以来、バッハ演奏の第一人者として名声を博す。BCJ.音楽監督、チェンバロ・オルガン奏者。
東京藝術大学作曲科およびオルガン科、アムステルダム・スウェーリンク音楽院に学ぶ。東京藝術大学古楽科を設立し、2010年まで20年にわたり教壇に立った。
2001年ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章、平成23年紫綬褒章など受賞。2012年ドイツ・ライプツィヒ市より国際的なバッハ演奏貢献に対して「バッハ・メダル」、ロンドン王立音楽院・バッハ賞を受賞。平成25年度神戸市文化賞受賞。2013年度サントリー音楽賞をBCJ と共に受賞。2015年オランダ改革派神学大学名誉博士号を授与された。
また、ドイツ・マインツ大学よりグーテンベルク教育賞を受賞。
現在、イェール大学アーティスト・イン・レジデンス、シンガポール大学ヨン・シゥ・トウ音楽院客員教授、神戸松蔭女子学院大学客員教授、東京藝術大学名誉教授。

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

 

チェンバロを弾きながら指揮をする鈴木雅明氏(Photo by: Jan Gates)

 

慶應義塾大学教授でバロック音楽が専門の佐藤望教授(2017年にバンクーバー三田会主催で開催したレクチャーコンサートにて)(撮影:那須則子)

 

金箔を施した贅沢な装飾が美しい フランス様式の二段鍵盤チェンバロ

 

(左から)チェンバロ所有者のキャロル・ツユキさん、製作者のクレイグ・トムリンソンさん、鈴木雅明氏

 

「マエストロ鈴木指揮によるBCJの素晴らしい演奏を生で聴けて光栄でした」と話すオーケストラ伴奏の宗教曲に取り組む混声合唱団『バンクーバー・オラトリオ・ソサエティー(VOS)』首席指揮者のケミュエル・ウォングさん(左)はBCJ の公演を心待ちにしたひとり。鈴木雅明氏(中央)、VOSフレンチホーン奏者のポーリーン・ローさん(右)

 

アンサンブル。(左から)鈴木雅明(チェンバロ)、前田りり子(トラヴェルソ・フルート)、寺神戸亮(バイオリン)、エマニュエル・バルッサ(チェロ)(Photo by: Jan Gates)

 

2000年に読売日本交響楽団が『マタイ受難曲』(メンデルスゾーン版)を演奏したときに共演し、今回再会した鈴木雅明氏(左)とバンクーバー交響楽団終身名誉コンサートマスターの長井明さん(右)

 

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