2020年4月30日 第14号

中堀忠一さん(シーボーン(SEABORN ENTERPRISES INC.)社長)

 個人的にバンクーバー新報が廃刊になることで、カナダの日系新聞がなくなってしまうのがとても残念だと思っています。

 創刊当時はJCCAの『月報』があったぐらいで、日本から来た人が親しめる媒体としては(戦後の)バンクーバーでは新報が初めてのものでした。特に新移民がニュースなどの情報を得るのに重宝しました。また、70〜80年代は広告媒体としても極めて効果的で、私たちもよく利用させてもらいました。

 新報がなくなっても、私の世代はまだスマートフォンやタブレットなどに移行できます。でも紙媒体に慣れ親しんでいる人たちには、新報なしで情報を収集するは難しいのではないでしょうか。津田さんは40年以上の長きにわたり、毎週、新聞を発行してきました。大変だったと思います。これまでの頑張りに感謝しています。

山城猛夫さん(尺八奏者、元隣組事務局長)

 津田さんとは新報創刊以前からの知り合いです。おそらく創刊のきっかけとなった出来事にも同席しました。

 確か1975〜76年に、朝日新聞から石弘之さんという方が日系社会の取材に来ていて、運転手を務めたKen中原さんという人と一緒に我が家にいらっしゃいました。その際、「バンクーバーには戦前は大陸日報など3紙が発行されていたのに、今は日本語の新聞がない。新聞はコミュニティーのコミュニケーションのカギだ」という話になったのです。

 バンクーバーに来る船員は1週間から10日ほど滞在していて、彼らが受け取った通信を隣組に置いていったりもしていました。石さんが「(そういった)通信の内容を手書きで新聞にしてはどうか」と発破をかけました。

 創刊から41年余り、新報は新移民、そして日本語が得意だった帰化二世らの日系社会に大いに貢献したと思います。イベント紹介、生活やビジネス情報など、コミュニティーの発展に寄与したと思います。僕も新報と一緒に成長しましたし、新報は自分にとっても『滋養』になっていました。

(記者注)山城さんはケベック州分離独立問題など、カナダの政治記事も書いていたそうだ。

小川悠さん

 2000年にワーキングホリデーでバンクーバーに来ました。当時はまだインターネットがさほど普及していなくて、日本のニュースといった情報も新報で得ていました。重宝したのは、クラシファイドやイベント情報などです。仕事探しについても、ウェイトレスの募集など、かなりの量の求人情報が出ていたのを覚えています。また、カナダに来てすぐは学校の寮に入っていましたが、その後は新報のシェアメイト募集欄を利用しました。新報に掲載されている募集には安心感がありました。

NHさん

 1991年9月にワーキングでバンクーバーに来ました。どんどん天気が悪くなって気が滅入るような中、新報に掲載されていた記事に目が留まりました。

 記事は「趣味を通じて集いませんか」といった内容で、在住の独身の人たちがスキーやテニス、麻雀などで交流する様子が写真入りで紹介されていました。私はワーホリだったので、スキーに行きたくても足がありません。友人とこの会に連絡して、メンバーの人たちとテニスやスキーに行きました。その時に知り合った男性と結婚しました。

 また2015年ぐらいだったと思いますが、新報でカメラマンの斉藤光一さんのペット紹介コーナーがあり、我が家のミニチュアダックスフンドのリロを撮影していただきました。新報にはたくさんの思い出があります。

石村真さん

 また、1992年に1年間、カナダで暮らしたという石村真さんが、高知新聞にバンクーバー新報の思い出を投稿、2018年5月30日に掲載されている。

「バンクーバー新報」 石村真(神奈川県海老名市)

 私は高知に21歳の時に観光、43歳の時に高知マラソンの参加で2回訪れました。

 5月20日にJICA横浜・海外移住資料館での企画展示「南国土佐をあとにして―海を渡った『いごっそう』―」を見てきました。

 企画展示のなかで特に印象に残ったのが、本山町から1973年に単身でカナダへ移住した、津田佐江子さんを紹介するパネルでした。津田さんは1978年12月に、手書きのガリ版印刷で日本語新聞「バンクーバー新報」を創刊。現在もカナダ唯一の日本語新聞として、毎週木曜日に6千部発行されています。

 私は1992年(24歳)から1年間、カナダの旅行会社に勤務。自然が豊かなバンクーバーに3カ月勤務して、その後カナディアン・ロッキー山脈観光の中心地であるバンフに転勤しました。

 バンクーバーに在住していたとき、日本食を扱うスーパーで「バンクーバー新報」を購入して、バンクーバー日系コミュニティー情報、日本の情報をむさぼるように熟読しました。当時はまだインターネットがない時代でしたので、新聞からの情報は、大変貴重でした。「バンクーバー新報」は、私にとって青春の一ページです。

 津田さんのますますのご健勝を、心より願っております。そして私もいつかまた、バンクーバーを再訪し「バンクーバー新報」を購入したいと考えております。

(取材 西川桂子)

 

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は今号をもちまして終了いたします。

しかし、日系コミュニティーに支援されて41 年余り続いてきた新報を存続させたいとの思いから、オンラインによるウェブサイトでの情報発信を継続することになりました。

SNS を含むオンラインは、弊紙で記者をしておりました三島直美と西川桂子が、責任者として引き継ぎ新体制で再出発する予定です。

今後も引き続き、ウェブサイトの閲覧をよろしくお願いいたします。