2018年1月25日 第4号

 穏やかに年末年始が過ぎてゆく中に60歳を過ぎた自分がいる。

 ふり返れば、僕の人生には戦争もなく、人生の浮沈はありはしたものの、それはそれで面白く、いい人生であったと思うが、問題はこれから晩年の人生をどう生きるかである。健康であれば、好きなこともできるし、それなりにまた、いい人生になるはずであろう。行動のないセミの抜け殻のような人生ではありたくはない。

 穏やかな年の瀬は僕にとって読書にいいひと時であり、普段は読めない本を、本箱から取り出して読むのが楽しみの一つである。

 今回、読んでいるのは、数年前に古い友人から頂いたユン・チャン著、土屋京子訳『鴻』(ワイルド スワン)である。太平洋戦争の終戦前後に中国社会で過酷な人生を生きてゆく祖母、母、本人の人生の物語は、つつがなく平凡に生きてきた僕には信じることのできない過酷な人生のように見える。

 中国では、昔から纏足を「三寸金蓮」と言って祖母も纏足であり二歳の時に纏足の矯正が始まった。「まず、幼い祖母の足の親指を除く四本の指ぜんぶ足の裏側へ折り込むように曲げ、6メートルほどの白い布でぐるぐる巻きにした。そして、上から大きな石をのせて、足の甲をつぶした。幼い祖母は激痛に大声をあげて、『お母さん止めて!』と叫んだ。母親は、娘の口に布を押し込んで声を封じた。祖母は、あまりの痛みに何度も気を失ったという。」

 やがて祖母は、医者であった夏(シヤ)先生と四歳の母をつれて再婚をする。そして、母は徳鴻、英語でワイルド スワンと言う名前をもらう。

 当時、匪賊のような活動をしていた張作霖は、母の学校では反日交戦の愛国者だと教わったとある。「1931年9月に日本軍が満州への進撃を開始した時、『小師』張学良は日本軍に追い詰められて根拠地の奉天を放棄せざるえなくなった。そこで彼は二十万の軍をひきいて錦州に逃れ、ここに司令部を設置した。日本軍は、空爆も含めて錦州を攻撃した。そして、錦州が陥落すると町を略奪した。」

 夏先生は、この夏、財産を処分、整理をして、妻と言っても妾の地位である祖母を連れて、二人は錦州に移り住む。

 この時、夏先生は貧乏するがかまわないかと祖母に尋ねると、祖母は「愛があれば、ただの水だっておいしいわ」と答える。

 電気も水道もなかった。便所は泥でできた掘っ立て小屋で、となり近所と共同であったという。しかも、「農作物の大部分は強制的に日本に輸出され、残った米や小麦もほとんど満州に駐留する日本軍の大部隊に取られてしまった。町の人々の口にはいるものは、トウモロコシかコウリャンぐらいであったが、これさえ品うすであった。」という。

 食料は益々不足してくる。母は七歳(1938年)になろうとしていた。

 満州北部では広い範囲にわたり日本軍が村を焼き払い、焼け出された人々を「戦略村に追い込んでいった。人口の六分の一にあたる五百万以上がこのようにして家を失い、何万の人々が命を失った」とある。

 1941年暮れのこと、見たこともない男が夏先生診療所にやって来る。しばらく前から腹がひどく痛くて困っているという。夜明けから日没まで一日休みなしに重い荷物を運ぶ仕事をしていたが、このままでは働き続けられないという。彼に「腹の具合が悪くて、配給の粗食が消化できなくなっておるのじゃ」と夏先生はそう話しをして、無料で薬を与え、闇で買った米をほんの一袋だけ、この男に祖母を通して渡すのであるが、彼は仕事現場で吐き出してしまう。その汚物の中に米粒が混じっていることが分かり、男は「経済犯」として逮捕され、強制労働キャンプに送られ命絶える。それを聞き妻は子供を抱いて河に身投げをしたという。

 それを聞き、夏先生は「米は人の命を救うと思うたが、殺すこともあるじゃなあ。ほんの一袋の米で三人もの命をのう― ― ―。」と何度もつぶやかれたそうである。

 


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