2018年3月29日 第13号
「それを小説に書く事が、私の中の世界を安全なところにとどめる方法だった」
ノーベル文学賞受賞作家、イギリス育ちのカズオ・イシグロは、自分の中の“日本”をテーマに書いた作品についてこのように述べています。
私自身は子供の頃から「きみは物書きになるのだよ」と父親に言われて育ち、いつの日からか、小説家をめざすようになりました。しかし、大学を卒業したあと雑誌の世界に魅せられ長く雑文家の道を歩み、カナダに住みはじめてからはヒーリングの技術を身につけ、以来エナジー・ヒーラーを天職と心得、たくさんのクライアントへの施術を続けるなかで、やはり小説家への夢を捨てきれず、ときおり小説を書いては自分の才能のなさに落胆を繰り返す日々を送っていました。どうひいき目に見ても書かれている創作より、目の前の日常のほうがはるかに面白いのです。
ある日ほとんどやぶれかぶれで走るままに書き始めてみたら、それは子供時代のある一シーンになっていました。失業していた父親が極貧の生活のなかで、月に一度連れて行ってくれた映画館の帰りに、いつも寄るラーメン屋さんでの場面です。『しらゆき』という白雪姫の絵が壁に描かれている町外れのラーメン屋の店内。私はいつのまにか鏡に写る絵の白雪姫と会話を交わしていました。白雪姫はわたしの話しかけにうやうやしく応えます。
「白雪姫さま、しあわせとはいかに?」
「しあわせとは、うたかたのゆめ」
当時の私にとって、最大のご馳走だったラーメンにのった一枚の焼豚、父親が自分の焼豚を私の器に加えたとたんに希少価値が減少し、ささやかな幸福感が失していったその瞬間の思いが、よみがえってきました。書いてみると、その時間は微笑ましくいとおしく、それまで心にあった子供時代への印象を一掃するに足る思い出へと急速に変わっていきました。
気持ちを解放できなかった子供時代のことは、底が見えなくて、まわりの親しい友人たちにもそれまで語る事がなかったのですが、この短い小説が書き上がったとき、たくさんのひとに読んでもらいたいという思いにかられました。一筋のきらめきを見つけたことで、自分の“中”の世界を、ひとが訪れることができる“外”に作ることができたのです。
ひとつの物語を書いたことで、自分にとって無理のない、むしろ楽しい自己改革が起こりました。私はそれをノベル・セラピーとして、即興でストーリーを作るグループのワークショップをスタートし、半年間の間に、カナダと日本で100の物語を誕生させました。それらの物語がワークショップに加わった方たちの現状を好転させていった例がその後、数多く寄せられました。即興で作ることで、思考ではない潜在的な部分に光が当たり、魂が語り紡ぐ物語は、既成概念から離れ作意がない分、直接的に心打たれ共感できる、独創的でいままで聞いた事のないような読んだ事のないような物語ができあがることがわかりました。
それらの物語のことを、創作者のご了解のもと、このコラムを通して次号よりご紹介させていただきたいと思います。
ひとが集合意識帯でつながり、全体の潜在意識を共有しているというユングの仮説を前提にするなら、潜在意識が直感的に伝えた物語たちは、 今を生きるすべてのひとびとへのギフトなのかもしれません。そうした物語の世界にひととき思いを馳せることで、人生をより豊かに味わうための『魅覚』を磨いてみませんか?
Ojha Emu Goto ノベルセラピスト
日本で雑誌,広告制作者として活躍していたが、98 年にカナダに移民。光の色波動を用いるZenith Omega Healing( ゼニス・オメガ・ヒーリング)のマスターティーチャーヒーラー。月刊ウェブ・マガジン “Cradle Our Sprit! ” www.ojha-angel-vancouver.net / 編集長。しらゆきのゆめ出版代表。
著書に「アカシック・レコードの扉を開ける〜光の鍵」明窓出版(2010 年)。 ノベル・セラピーのテキストを兼ねた小説集「しらゆきのゆめ」を昨年末出版した。同時に 『しらゆきのゆめ』出版を設立し、バンクーバーの日系社会のみなさまの自費出版をお手伝いさせていただいている。
今春3月に日本縦断ノベル・セラピーワークショップツアーを行い、現在ノベル・セラピーで誕生した物語を Pod Cast での世界に向けたインターネット配信を準備中。ノベル・セラピーワークショップは随時開催している。自費出版及ノベル・セラピーのお問い合わせはThis email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. まで。