2017年9月14日 第37号

 認知症が進行すると、それまで普通にできたことが徐々にできなくなります。意思疎通もうまくいかなくなり、家族だけでなく、介護施設や病院で働く専門職の介護者でさえ、介護の難しさを感じることになります。意思疎通ができなくなることで、認知症の人が孤立してしまわないように、認知症についてさらに深く理解することが、介護に携わる人たちすべてに求められます。

 認知症の介護で、特に深刻な問題を抱えているのが病院です。認知症患者が病気や怪我で入院した場合、突然環境が変わるため、認知症の症状が急激に進行してしまいます。例えば、認知症の人が足を骨折して手術を受け、病院に入院していると考えてください。定年退職後もずっと元気に過ごし、足腰も丈夫で、これといった病気もしなかった人が、配偶者の死をきっかけに認知症を発症。だんだん乱暴になり、感情のコントロールがきかなくなりました。入院先の病院の看護師がケアを行うときもそれを拒否し、暴力を振るうなど、必要なケアができません。家族の許可を得て、拘束帯や介護ミトンを使い、体を抑制することになります。点滴のチューブを抜いてしまったり、ベッドから転落したりする可能性があるからです。

 看護師がいくら献身的に介護しようとしても、人間関係が構築されていないままケアを行おうとすると、ケアを拒否されてしまいます。口腔ケアや体を拭くことなどは、清潔を保つために心地よいもののはずが、介護をする側にとってもされる側にとっても、ストレスを招く行為になってしまいます。認知症を発症すると、相手が優しい気持ちで接しているかどうかを判断することが難しくなります。しかし、感情の機能は最後まで働いています。優しさで感情に訴えることが、できるだけストレスの溜まらない介護に繋がります。

 例えば、 認知症の人に近付くとき、後ろから回らず、視線を合わせ、正面からアプローチします。 視界の外から話しかけられても、自分が話しかけられていると理解できず、誰の声かわからないこともあります。また、話しかけるときは、はっきり、ゆっくり、優しく話しかけます。大声で話しかけられると、怒られたように感じてしまいますし、普通の会話のスピードでは、内容に追いつけません。また、認知症の人は、腕を掴まれると、力で一方的に抑えられるという恐怖心を抱きます。掴まれることは攻撃されることとみなし、身を守ろうとして抵抗します。手足を使って抵抗できなければ、噛み付こうとすることもあります。

 このような、認知症の人との人間関係を築く方法を体系化したテクニックがあります。「ユマニチュード」と呼ばれる、150の技法をまとめたフランス生まれの認知症ケアです。コミュニケーションを改善するために、日本やカナダでも、介護施設や病院で取り入れられている技法です。この技法には大きなポイントがあります。まず、相手を「見る」こと。ベッドの傍から見下ろすと、支配されているという感情を引き起こします。また、認知症の人は視野が狭くなっているため、視野の中心で捉えてもられるよう、正面から近づき、見つめます。続いて、相手と「話す」こと。最初に一言かけただけで、あとは黙ってケアをすると、自分の存在が否定されていると感じさせてしまいます。相手が心地よく感じる言葉を、穏やかな声で話しかけ続けます。実況中継のように説明しながら行うと、物事を忘れやすくなっている人でも、安心してケアを受け入れてくれるようになります。次に、相手に「触れる」こと。体を起こすとき、つい手首を掴んでしまいがちです。しかし、掴む動作は相手に恐怖感を与え、自分で動こうとする気持ちを妨げてしまいます。掴むのではなく、本人の動こうとする気持ちを生かして、下から支えます。見つめて話しかけるときも、優しく体に触れます。そして、相手が「立つ」手助けをすること。腕を無理に引っ張るのではなく、腕を下から支え、そのまま一緒に立ち上がります。

 認知症の人を不安な気持ちにさせないこと。これが、認知症介護の究極の課題だと考えます。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。