2019年9月12日 第37号

 認知症の症状として起きやすい妄想のひとつに、「物盗られ妄想」があります。財布や現金、預金通帳、貴金属や宝石類など、大事なものを誰かに盗られたと思い込んでしまいます。

 年を重ねると、認知症でなくても「置き忘れ」をすることが増えてきます。かくいう私も、他人事ではありません。置き忘れた自覚があり、見つかると安心します。「物盗られ妄想」の場合、置き忘れた、あるいは失くした事実を記憶していないため、自覚がありません。「ない」=「盗まれた」ということになり、見つからない物ではなく、盗んだ「犯人」を探そうとします。「犯人」にされるのは、身近で介護をしている時間が長い人が多いと言われています。何でも言いやすい娘や義理の娘だけでなく、定期的に訪問するヘルパーさんや、入居している介護施設の職員が対象になる場合もあります。

 ところが、先日、「物盗られ妄想」ではなく、高齢者が本当に現金を盗まれる事件がありました。この事件は、東京都国立市にある老人ホームの介護士が、入居者の銀行口座から不正に現金を引き出したなどの疑いで逮捕されたというものです。この介護士は、今年の7月、70代の入居者のキャッシュカードを不正に入手したうえ、ATMを使用し、銀行口座から現金46万円を引き出したとされています。今月2日、預金通帳の記帳を頼まれた被害者の甥が、繰り返し現金が引き出されていることに気付き、不審に思い警察署に届け出ました。ATMの防犯カメラには、同一人物が現金を引き出す姿が映っており、事前に暗証番号のヒントを聞き出していたとみられており、自分の生活費に充てるために行ったと容疑を認めているそうです。同口座からは、数カ月間に約20回、合計830万円以上が引き出されており、この介護士によるものとみられています。

 この介護士がしたことは、「高齢者虐待」のひとつで、「経済的虐待」と呼ばれるものです。「経済的虐待」は、「人の金銭や財産を、本人の同意なしに不当に処分または使用する、あるいは、本人が希望する金銭の使用を理由なく制限することにより、経済的な面で苦痛を与える虐待」とされています。実際に、「本人が知らないうちに、お金を密かに盗んで、自分の物にした」ことになりますから、この行為は「窃盗」にあたります。その上、「つい魔が差して、置いてあった財布からお金を盗ってしまった」、というようなケースではありません。他人の銀行口座から現金を引き出す目的のために、計画的に行っています。盗ったお金の使い道もはっきりしており、罪の重さを左右する、明らかな「意図」が見えてきます。

 「経済的虐待」と聞き、もうひとつ思いつくのは、「成年後見人」による財産の「横領」です。「成年後見人」は、「成年後見制度」の下に、自己判断能力を失った人に代わり、本人の財産や権利を守り、法的な支援を図ります。「成年後見人」として管理を任されていた「被後見人」の物(財産)を勝手に使うことや、横取りすることは「横領」にあたり、刑事罰の対象になります。ただし、家族が「成年後見人」になっている場合は、同じようなことが起きても、「被害者が加害者の配偶者、直系血族、同居の親族の場合は、刑が免除される」という、「窃盗罪」についての特例(親族間の犯罪に関する特例)があり、この特例が、「横領罪」、「業務上横領罪」にも準用されています。しかし、この特例の準用が否定されている判例が出てきています。「成年後見人」は「被後見人」の財産を誠実に管理する法的義務を負い、その業務は、公的な性格を持っているため、単純な家庭内の金銭トラブルとは見なせない、という考えに基づいています。

 介護施設に入居している親族の「物を盗られた」という訴えに、いま一度、耳を傾ける必要があるかもしれません。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。