2018年10月25日 第43号

 介護と仕事を両立することができなくなり、「認知症」の家族を介護するために仕事を辞めざるをえない「介護離職」。しかし、仕事を辞めることにより、収入の道が途絶えてしまい、貯金を切り崩す生活を強いられます。場合によっては、介護を受けている高齢者が受給する老齢年金が、生活費のすべてです。仕事を通して保たれていた社会とのつながりはなくなり、積極的に社会参加をしない限り、社会から孤立してしまうこともあります。生活の基礎となるライフラインを維持するための公共料金を支払えなくなるほど、生活が困窮する場合もあります。これらは、「介護離職」がはらむ大きな社会問題です。

 ところが、「認知症」に関するもうひとつの「離職」があります。それは、「若年性アルツハイマー型認知症」など、若くして「認知症」と診断された人が直面する「離職」です。

 「認知症」は歳をとるとなるもの、と考えている人がまだまだ多く、「若年性アルツハイマー型認知症」など、65歳未満で診断を受ける「認知症」があり、中には30代で診断される人もいることは、あまり知られていません。 30代といえば、働き盛りの現役。特に男性の場合、一般的に一家の大黒柱であることが多く、新しく購入した住宅のローン返済や子供の教育費など、何かと物入りです。ところが「認知症」という診断を受けることにより、収入が減るだけでなく、収入源がなくなる可能性があります。

 他の「認知症」と同じように、何かがおかしいと最初に気付くのは本人です。職場の同僚の顔を思い出せなかったり、大切な顧客の名前やその顧客との約束を忘れたりする自分の変化に気付き、病院に行っても、まさか自分が「認知症」とは思いもしません。おそらく「認知症」の知識はほとんどなく、その診断を受け、途方に暮れるのが一般的なパターンではないでしょうか。即、仕事ができなくなると考え、迷惑をかけまいとしばらくは家族にも黙っている場合もあるでしょう。

 家族に知らせることはできても、退職を余儀なくされることを恐れ、職場の上司に相談することを躊躇したり、上司に「認知症」の知識がないため理解が得られず、働き続けることができなくなる場合も考えられます。仮に、職場の理解が得られても、それまでと同じ仕事を続けることは難しく、以前よりも簡単な作業を任されるようになることや、新しい部署に移ることになる可能性もあります。「認知症」の症状が少しずつ進み、できないことが増え、それに追い打ちをかけるように仕事上のミスが増えれば、自分から退職を希望する場合だけでなく、「認知症」を理由に解雇される例があるもの事実です。

 しかし、「認知症」と診断されたからといって、すぐにいろいろなことができなくなるわけではありません。高齢者の「認知症」と違い、加齢により罹患率が高まる疾患もなく、体力もまだまだあります。「認知症」であることを前提に、できなくなったことを補う方法や思い出すための工夫をすれば、「認知症」と診断されてすぐに「離職」する必要はないはずです。

 また、雇う側には、「認知症」を正しく理解し、できるだけ長く働き続けることができるような環境を整え、可能な業務を見極め、その人に合った働き方を一緒に考えていくことが要求されます。「認知症」はその人の「代名詞」ではなく、「認知症」がその人の「一部」になっただけで、今までと同じ人であることに変わりはありません。それを敢えて認識するべきです。そしていつか、「認知症」が理由で「離職」することがない社会になることを、願ってやみません。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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