2018年1月25日 第4号

 買い物リストを作り、お店に出かけて、欲しい商品を探し、レジで会計を済ませて店を出る。認知症の人にとって、この一連の行動は、簡単なことではありません。せっかくリストがあっても、買いたい物がお店のどの辺りにあるかわからず、いくら探しても見つからない。店内の案内が理解できない。レジでお金を払う時に、小銭が使えない。そのようなことが増えるに従い、買い物に行くのが億劫になってしまいます。

 一緒に買い物に行っていた母親が認知症になり、症状が進むに連れて、大好きだった買い物ができなくなっていった体験を持つイギリス人女性が思いついたのが、「スロー・ショッピング」というサービスのコンセプトです。このコンセプトを、2016年に、イギリスで第2位の大手スーパーマーケット・チェーン「セインズベリーズ」のある店舗が取り入れ、高齢者や障がい者、認知症の人たちにゆっくり買い物をしてもらうために、試験的にサービスが始まりました。「スロー・ショッピング」という団体を運営し、スロー・ショッピングのコンセプトの普及活動をしているこの女性、キャサリン・ベーノさんが、同店に提案したものです。

 このコンセプトに興味を示した同スーパーの店舗で、毎週火曜日の午後1時から2時間、このサービスが始まりました。希望者には、トレーニングを受けたスタッフが店内案内係となり、入店から付き添い、買い物の手伝いをします。店内には、問い合わせ窓口や、買い物の途中で一休みできるように椅子が置かれており、試食もできるようになっています。手が届きにくい場所に陳列されている商品を代わりに取ってくれたり、重くなるバスケットを持ってくれたり、また、買い物が終わったら、品物の袋詰めもしてくれます。周りの人と同じスピードで買い物ができなくても、スロー・ショッピングの時間帯なら、他の来店客に気兼ねすることなく買い物ができ、レジで支払う時も、お財布から出した小銭を数えてゆっくり支払うことができます。

 ひとりで買い物をするのが難しくなっても、お店のスタッフや、周囲の人の手助けがあれば、 全く解決できない問題ではありません。買い物に出かけて外出する機会を持つことで運動量が増え、気分転換にもなります。買い物に出かけることで、孤立を防ぎ、毎日の生活にも張りが生まれます。もしかすると、買い物を続けることで、少しでも進行を抑えることに繋がるかもしれません。

 日本でも、イギリスの例のような試みがなされています。日本全国に店舗を持つ大手スーパーマーケット「イオン」では、 来店客が店内で迷子になったり、レジでの支払いがうまくできなかったりすることがあるため、スタッフが「認知症サポーター養成講座」を受講することを促進しています。 また、首都圏を中心に展開する、食品専門のスーパーマーケット「クイーンズ伊勢丹」でも、時間帯を決めて、高齢者専用のレジを設置したり、商品を袋詰めして、タクシー乗り場まで送り届けるサービスがあります。「西友」やイトーヨーカ堂」では、低速エレベーターを導入。また、低い陳列棚を設置し、段差が見やすいように、階段を色分けした店舗もあります。

 「スロー・ショッピング」のサービスを取り入れ始めたイギリスでは、認知症といわれている人の8割が、「買い物が好き」と答えているにもかかわらず、その4分の1の人が、買い物を諦めてしまっているそうです。認知症の進行の過程で、それまで勤しんでいた趣味や習い事への興味がなくなることはあります。しかし、せっかく買い物が好きで興味があっても、安心して買い物ができる環境が整っていなければ、出かけるのを躊躇してしまうでしょう。認知症の人の視点から、安心して買い物が楽しめるサービスや工夫が増えれば、 認知症といわれても、地域社会で生活することができる期間が延びることに繋がるのではないでしょうか。

 「スロー・ショッピング」のサービス。カナダの状況も調べてみようと思います。

 


ガーリック康子 プロフィール

本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定

 

 

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