2017年9月28日 第39号
イラスト共に片桐 貞夫
一 アルタイとソロンガ
それはもう百年もむかし、日本でいえば、明治が終わって大正時代になろうとしているころのことでした。中国の北にモンゴルという大きな国があります。その国の草原に、ジャブーラという家ぞくがすんでいました。ジャブーラ家にはひつじが何十頭もいて、ひつじかいが三人はたらいていました。
ある五月のはじめ、モンゴルにはめずらしい七色のにじの出ている朝のことでした。
「コージュさまじゃ。コージュさまが生まれたぞ」
ひつじかいの一人が、ひつじ小屋に走って来てさけんでいます。
「そうか。コージュさまか」
べつのひつじかいが言いました。
「コージュ」というのは「とらの子」といういみで、この地方では、むかしから男の子が生まれたら「コージュさま」。女の子が生まれたら「コーラン(きれいな鳥)さま」と、よぶようになっていたのです。
「めずらしいことじゃぜ…」
三人目のひつじかいがつぶやきました。 「…シェラパも生んだ。たったいま、子を生んだんじゃ」
このひつじかいは、シェラパという名前のひつじも、同じ日の同じ時間に子を生んだと言ったのでした。
つぎの日の朝のことです。ジャブーラ家の家の中で、お母さんが赤ちゃんにおっぱいをやっています。
お父さんが赤ちゃんに名前をつけました。
「アルタイだ。アルタイにしよう」
「いい名前ね」
お母さんもアルタイという名前が気に入りました。そこはモンゴルでもロシアに近く、アルタイという高い山がとおくに見えたのです。そして、お父さんは同じ日に生まれたひつじの子をソロンガと名づけました。それは、アルタイという山からながれてくるきれいな川の名前でした。
なんどかさむい冬が来て、草原に花のさきみだれる春がすぎていきました。アルタイは五つになろうとしています。
アルタイは、赤ちゃんのころからソロンガとあそびました。そこは草原の一けん家で、ほかに子どもはいません。あそびあいてはひつじのソロンガしかいなかったのです。
ある夕方のことです。
「メェーメェー」
ソロンガがアルタイの上に馬のりになっています。
「まいった!」
アルタイがくやしそうに声を上げました。
「ソロンガは足が四本もあるんだ。かなうわけないよ」
すもうをしてアルタイがまけたのです。アルタイはぼうさしや玉けりではまけませんが、かけっこや高とびでまけてしまいます。すもうでも、ソロンガの方が強いのです。
「く、くるしいよ!」
「メェーメェー」
しかし、ソロンガは上にのったまま動きません。ソロンガは、アルタイがすもうで、ずるをしたことをおこっているのです。
「も、もうしないよ」
「メェーメェー」としか言わないソロンガですが、アルタイはソロンガの言おうとすることは分かりますし、ソロンガもアルタイの言うことだけは分かるのでした。
「わっ、たいへんだソロンガ!」
立ちあがったアルタイが、自分のかげを見てさけびました。アルタイはまだ五つにもなっていませんが、だいじなしごとがあるのです。お日さまがひくくなって自分のかげが二ばいの長さになる前に、丘のむこうを見まわって、帰って来ないひつじがいるかどうかを、たしかめなければならないのです。
「行こう!」
アルタイがかけだすと、ソロンガもあとをついて走りだしました。
アルタイとソロンガはいつもいっしょです。朝おきて、夜ふとんに入るまではなれることがありません。
二 あらし
さらに二年がたちました。強い風が草原をふきわたっていきます。アルタイがソロンガと歩いています。アルタイはこしにおべんとうをまいて、村にむかっているのです。
アルタイは学校へ行く年になりましたが、アルタイのすむところに学校はありません。村にすむワンジというおじいさんが先生になって、べんきょうを教えてくれるのです。雨の日も雪の日も、アルタイは五キロの草原を歩いて村に行くようになっていたのでした。
(続く)