2017年10月5日 第40号

 

 

イラスト共に片桐 貞夫

 

 家を出る前に、お母さんがお父さんに言いました。

「きょうは風が強いから休ませたいわ」

 お母さんは、アルタイが村に行くことをしんぱいしているのです。

「へいきだよ。アルタイももう七つだ。このくらいの風で村に行くことをやめてしまったんでは、このモンゴルの大地では生きていけん」

「でも、もうすぐ冬だし風もつめたいわ」

「だいじょうぶだよ。それにソロンガがいっしょなんだ」

 お父さんは、戸の外でアルタイが出てくるのを待っているソロンガを見て言うのでした。

 行く時はおい風で、アルタイとソロンガは、ぶじ、村につきました。いつものように五人の子どもがあつまってじゅぎょうがはじまります。ソロンガが、外で、べんきょうが終わるのをまつのも毎日のことでした。

 二時になって、べんきょうが終わりました。

「きょうは谷をとおって帰ろう」

 出て来たアルタイが声を上げて言いました。声を上げないと聞こえないほど風は強くなっていたのです。ところが、ソロンガが「メェーメェー」とないて首をよこにふっています。ソロンガは谷をとおることに、はんたいしているのです。谷は、風は強くないでしょうが、道がほそくてあぶないのです。

「へいきだよ。さ、行こう」

 アルタイが谷の方に下りていきます。そして、さかの下に来ると、とくいになってソロンガに言いました。

「ほら、こっちはこんなにしずかじゃないか」

「メェーメェー」

 それでもソロンガはしんぱいでなりません。ひつじはどんな岩の上でもへいきですが、アルタイは人間の子どもでしかないのです。道はふかい谷にそって、くねくねとまがりくねっています。

 ある岩をこそうとアルタイがその上に立った時のことです。とつぜん強い風がおそいました。

「あー!」

 アルタイのからだが風でとばされ、高い岩の上から落ちてしまいました。

 三時間ほどがたって、くらくなってきました。

「アルタイー! アルータイー!」

 アルタイたちをさがすお父さんとお母さんの声がします。二人はアルタイとソロンガが帰って来ないので、なんども草原をさがし、見つからないので、谷のほそ道にやって来たのです。

「アルタイー! アルーターイー!」

 お父さんとお母さんは声をからしてさけんでいます。たいまつをかざして谷間をのぞきこみます。もう、日がくれているし、つめたい風に雪がまじりだしていたのです。

「アルターイー」

 お父さんが、岩の上にのぼって四方にさけびました。

「あ、あなた」

 その時、お母さんがからだをかがめて言いました。

「ソロンガよ。ソロンガの声よ」

「ソロンガの声?」

 お父さんも、お母さんのいるところに下りてきて耳をすませました。

「ほ、ほんとうだ! ソロンガだ」

 たしかに、「メェーメェー」というソロンガの声が谷そこの方からしてきます。

「ソ、ソロンガ! どこにいるんだ」

 お父さんはたいまつをかざし、ころがるようにしてくらい谷におりて行きました。

「あっ」

 お父さんが下におりて目にしたものは、とても、ことばにすることのできないものでした。ひつじのソロンガが、雪で白くなりだした地めんに、はらばいになっています。まるでにわとりがたまごをだくように、アルタイのからだをおおっていたのです。ソロンガは、岩から落ちて気をうしなったアルタイのからだを、さむさからまもっていたのでした。

 

   三 ちょきんばこ  

 やがてきびしい冬もすぎて夏が終わり、モンゴルの草原に、また二年という年月がたちました。

「ソロンガを、ギザーニさんのところにやろうと思うんだ」

 朝はやく目ざめたアルタイの耳に、お父さんのひくい声が聞こえてきます。

 ギザーニ?…

 ふとんの中でアルタイはどきっとしました。「ギザーニ」というのはひつじを買う人のことで、いちど、ギザーニのところに行けば、二どと帰って来ないということをアルタイは知っていたからです。

(続く)

 

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は今号をもちまして終了いたします。

しかし、日系コミュニティーに支援されて41 年余り続いてきた新報を存続させたいとの思いから、オンラインによるウェブサイトでの情報発信を継続することになりました。

SNS を含むオンラインは、弊紙で記者をしておりました三島直美と西川桂子が、責任者として引き継ぎ新体制で再出発する予定です。

今後も引き続き、ウェブサイトの閲覧をよろしくお願いいたします。