2016年8月11日 第33号

 アルバータ州カルガリーに住むビル・グードさんの娘、ナターシャさんは15年5月に小児脳幹グリオーマ(DIPG)と診断された。

 脳腫瘍の一種である小児脳幹グリオーマは、治療法が見つかっていない。診断結果を伝えた医師はグードさんらに、ナターシャさんにとって最後の夏を、家族でいっしょに過ごすようアドバイスした。

 実際、グードさん一家はその日から悔いの残らない夏を過ごすことに専念してきた。それから15カ月、最後の夏ではなく最後の1年を思いっきり過ごしたあと、ナターシャさんは4日、息を引き取った。享年12歳だった。

 思い残すことはないと取材に語るグードさん。療養中、小児がんの治療や対策が進んでいないことを、世間に訴えることに情熱を傾けたナターシャさんを見守ってきたグードさんは、その遺志を引き継いでいくという。

 だが、子供のがんに関する研究には費用がかかり、その実現は容易ではない。また西洋医学だけではなく自然療法など、多様な医療技術が協力する必要もあると、グードさん。

 グードさん以外にも同じ思いの人たちがいる。4年半前に同じ病気で8歳になる息子を亡くしたジョン・フェラディさんは、その時に小児がんに関する研究が、まるで40年前の放射線治療の時代のままであるほど遅れていることを思い知らされた。

 このことがきっかけになり、フェラディさんはカナダ小児脳腫瘍基金(Canadian Children's Brain Cancer Foundation)を設立。「医学を信じている」と語るフェラディさんは、研究機関に十分な資金・施設があれば、どんなに治療不可能だと思われていた難病でも、必ず治療法や少なくとも進行を遅らせる方法を発見できるはずだと取材に語っている。

 亡くなる少し前、ナターシャさんは自分の信ずるものを得たようだと、グードさんは話している。ナターシャさんは自分の病気(DIPG)だけのためではなく、全てのがんと闘っている子供のためにお金が使われるべきだと話し、他人へ尽くすことの大切さを訴えていたという。

 ナターシャさんなき今、グードさん家族はこれまで得てきた計り知れない支援とともに、彼女の夢を実現するために歩んでいくと心に決めている。自宅でナターシャさんが息を引き取る時、家族は支えてきてくれた人たちのことを話していたという。資金の援助や食事などを持ち寄ってくれた人、また彼女のために祈ってくれた人など。これからは、自分たちが人の役に立てるよう尽くしていく番だ、と語っていた。

 

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