VI 馬と私が遭遇した危機

危機的な状況は昨年の2月に起きました。当時、私たちの厩舎は工事中だったため、他所の厩舎の馬場を借りることが多くなりました。ところが、その厩舎には元競馬の乱暴なサラブレッドが2頭いて、よそ者と見るとパドックから首を出しては突っかかってきたり、馬の尻を噛もうとするので、Sas(馬の名)は馬体の大きな馬にもかかわらずノミの心臓で至極気が小さく、びくびくしてしまって、レッスンに集中できなくなることがよくありました。そんなとき、自分の馬をレッスンに集中させる技法は幾つかあるのですが、その一方で先生からは、それらサラブレッドの近くに来たら、鞭を振って彼らに近づかせないようにすればよいと言われていたのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。その結果、私たちは完全にその馬たちに舐められていたのだと思います。


そんなある日、私とSasがその馬場にやってきたところ、何といつもは自分たちのパドックに入っているその2頭の競馬馬が外に出ていて、私たちがトレーニングする予定の馬場の中で駆け回って遊んでいるではありませんか? そして、彼らはゲートのそばに立った私たちを見つけると、いきなりこちらに向かってすごい勢いで疾走してきました。そのとき、私たちの立っているゲートの両サイドには、深い排水溝があったので、本当は私たちは後ろ向きに戻るしかなかったのですが、Sasは恐怖のあまり、クルッとターンして走り出そうとしたのです。私がターンさせまいと、体重400kg近い彼の馬体を両足で必死に抑えてまっすぐに留めようとしたときには時既に遅し、ああ〜と思うま、彼の下半身はその深い溝の中にずぶずぶと入り込んでいってしまっていました。でもかろうじて、彼の上半身はまだ地面に出ていたので、私はその上半身に前傾姿勢になり、必死で「Sas, Go! Go!」と叫びながら、彼の後脚を押さえ込み、何度も蹴り上げながら、彼のもがく後脚が溝のふちにひっかかりながらも駆け上がることができるように懸命に補助していました。一体何分経ったのかよく憶えていないのですが、Sasは何とか道路に駆け上がることができましたが、すごい興奮状態のためアスファルトの道路を全速力で駆け出そうとするので、それをなだめるため何度も円を描いて何とか徐々に鎮めていたところへ、先生がスポーツカーで到着。泥だらけの馬の下半身を見てぎょっとした様子で、すぐさま何が起こったかを察知しました。しかし、彼の両脚をチェックし、全く怪我もなく問題がないとわかると、「OK、レッスン」。

 

この苦い体験は、パニックになった馬の野生の本能のままに任せていることの危険を私に教えてくれたのです。さらに加えて、正面から馬たちが疾走してきたときの鳥肌の立つような異常な恐怖感は一体何だったのか、と考えこまざるを得ませんでした。というのも、あのとき自分の頭と体は完全フリーズしていたからです。さらに、なぜ自分は意地悪な競馬馬に毅然とした態度がとれず、Sasを守ってやることができなかったのかと、長い間自分を責めていました。

 

しかし、この長い間の疑問は、このあと7月、ニューヨークで前世療法のワークショップで、私はただ「馬」に縁があるだけではなく、実は「War Horse」(註1)と深い縁があったという実感を得ることで、それが氷解したのです(註2)。正面から馬たちが疾走してきたときの鳥肌の立つような恐怖感も、戦場で馬で疾走して敵陣に乗り込んでゆく際の恐怖を私の体が記憶していたのだと納得ができたのでした。また、馬に対する冷静でない愛着は、戦場で自分の馬を死なせてしまった罪悪感、自分の馬を見捨てた罪の意識の贖罪から来ていた憐憫の情だったことにも気がつきました。それは、本当に危機的な状況に面したとき、理性的に判断に基づく行動をとって馬を守ってやることができなくなり、あるいは誤った行動をとる馬には毅然として正してやるということができなくなります。それは馬に対する真の愛情とは言えない、さらにこのことは、私たち人間関係に等しくあてはまる、それを前世療法の体験から学んだのです。

 

註1:スピルバーグ監督による映画「War Horse」が公開中。 War Horse (2011)

http://www.imdb.com/title/tt1568911/

註2:詳しくは、新報2012年1月1日新年号、「私にとっての前世療法 その5−私とWar Horse(軍馬)」に記述。

 

 

2012年1月12日号(#2)にて掲載

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