企業買収

新規事業への参入や既存事業の拡大・多角化などのため、他の企業の買収を希望する企業は多い。しかし企業買収は失敗に終わることも多く、慎重に行わなければならない。ツァオ氏は「まずは何を買い取りたいのかを具体的に絞り込むことが大切」だと語る。何を買収するかによって適切な買収の手法は変わってくる。

株式買収と資産買収

企業買収にはさまざまな形態があり、その中でも特に頻繁に選ばれるのが「株式買収」と「資本買収」という二つの手法だ。まず株式買収は、売り手企業の株式を取得し、その企業の所有権を得ることを指す。それに対して資産買収は、特定の事業や固定資産など、売り手企業の資産を買い取ることだ。一般的に、買収企業は資産買収を好み、売り手企業は株式買収を好む。

株式買収のメリットとデメリット

株式買収の大きなメリットは、手続きが簡単なこと。株式を売り手から譲り受けるという一つの取引のみで成立する。また、株式の所有者が交代するだけで売り手企業自体は残るため、企業の一貫性を保つことができる上、政府の許認可や免許などを新しく申請する必要もない。また、売り手企業に好まれる手法なので、買収契約を結びやすくなる。
反対に、株式買収のデメリットは、株式の取得のために現金を支払う必要があるが、税制上の優遇措置は享受できないこともあるということ。また、売り手企業の全てを引き受けることになるため、債務などの問題があれば、それも引き継ぐことになる。売り手企業の従業員も雇い続けなければならない。

資産買収のメリットとデメリット

次に、資産買収を選ぶことの大きなメリットは、買収する資産を当事者間の契約で自由に選択できることだ。つまり買い手は、事業や工場などの単位で、対象企業の魅力的な部分のみを選択して買収することできる。売り手に債務がある場合も、それを買い手が継承する必要はない。

資産買収のデメリットは、株式買収に比べて手続きが煩雑であり、その分コストが高くなることだ。譲渡証書作成のコストや各種の手数料がかかるだろう。加えて、買収後に政府の許認可などを継続して使えない場合もある。また、売り手企業に好まれない方法であるため、買収がより難しくなる。

企業買収の進め方

講演の中でツァオ氏は、企業買収を以下の五つの段階に分けてわかりやすく説明した。
❶買収取引の計画
何を買収するのかを決め、売り手企業に打診する。条件概要書を用意し、秘密保持契約を締結。独占的交渉権を得る。
❷売り手企業に関する調査
売り手から資料の開示を受け、デューディリジェンスを進める。税制対策を立て、買収契約書の草案を準備する。
❸交渉
買収契約の条件交渉を行う。詳細を記載した契約書やその他の文書を作成する。
❹契約締結
最終的な買収契約に調印する。各当事者で調整し、必要な社内の手続きや政府の許認可などを得る。銀行業務や融資についても決定し、取引を完了する。
❺買収後
取引に関係する事柄の全てを記載した書類やDVDを作成する。さまざまな後片付け、発表を行う。

デューディリジェンスについて

企業買収をする上で非常に重要なのは、デューディリジェンスだ。これは買い手企業が売り手企業の開示資料を分析し、売り手企業の評価を行うことを指す。具体的には、売り手企業の所有する権利、財産、裁判所の記録、財務資料、顧客、サプライヤー、雇用関係などを詳しく調査する。デューディリジェンスの目的は、売り手についての知識を増やし、買収が買い手にもたらす利益を見積もり、そのリスクを把握すること。そして必要に応じて、買い手の損害を売り手が賠償することを約束する補償条項を買収契約に加えることだ。

ツァオ氏はこれまで、十分なデューディリジェンスを行わなかった企業が買収に失敗するケースを見てきた。ある外国の企業はカナダのユーコン準州にある鉱山を買収したが、徹底したデューディリジェンスを行っておらず、約10億ドルを到底それだけの価値のない資産に対して支払うことになったという。

知的財産の保護

企業買収の話に続き、知的財産の保護についての説明があった。多くの企業にとって知的財産は非常に重要な資産だ。ツァオ氏は商標、著作権、特許、企業秘密という四つの選択肢に焦点を当て、知的財産の保護についてわかりやすく解説した。

商標(Trade-marks)

商標とは、市場において個人や企業の商品やサービスを他のものと区別するために使用される営業標識(文字、言葉、デザインなど)を指す。例えばマクドナルドのロゴは商標だ。しかし、ロゴをデザインしてもそれが自動的に商標になるわけではないので注意しよう。商標権を得るには、その営業標識を商標として登録することが必要だ。まず申請手続きを行い、その後登録事務官による審査を受けることになる。

商標の大きなメリットは、商品やサービスの出所が需要者に一目でわかること。そして、他社が商標侵害をした場合は、権利者として賠償請求ができることだ。保護は国内に限定されるため、保護を求めたい他の国があれば、そこでも商標登録をしなければならない。

著作権(Copyrights)

著作権とは知的創作物を作った人に対して付与される権利だ。この権利は著作物(文学、芸術、演劇、音楽)、パフォーマンス、録音などの著作者に、それを作った時点で自動的に与えられるため、登録の必要はない。著作権は著作者の生存中と死後50年間、著作権法により保護される。誰であれ、絵を描いたり小説を書いたりすれば著作者となり、その著作物が無断で使用されるなどの著作権侵害があれば、損害賠償を求めることができるのだ。また、著作権は譲渡可能であり、第三者がそれを使用するためのライセンス契約を結ぶこともできる。

特許(Patents)

特許とは、発明を保護するために政府が発明者に与える権利だ。特許を取得すれば、発明者はその発明を一定期間(最長20年間)、独占的に使用することができる。その代償は、発明の内容を政府に公開しなければならないことだ。そして特許の有効期間が過ぎれば、政府は発明の内容を広く公開し、利用を促進する。特許の対象となる発明は、新規性、実用性、独創性を兼ね備えているもの。例えば、宇宙人を退治するための道具を発明しても、実用性がないので特許の対象にはならないだろう。

特許は、知的財産権の中で最も複雑な分野だ。特許の取得には、時間と費用がかかる。しかし取得すれば、譲渡・ライセンス契約も可能であり、大きな利益を得る可能性がある。また、他者が発明を盗用した場合は、法的手段を講じることができる。

企業秘密(Trade Secrets)

企業秘密とは、製品の製造過程などについて、企業内部の特定の人のみが知っている秘密だ。企業秘密は特許とは違って、第三者が同じ製品や製造方法を発案し、商業的に使うことを禁じるものではない。例えば、おいしいお茶漬けを作る秘密を知る企業がこれを世界に発表することはないが、第三者が自分で作り方を考え、同じようなお茶漬けを作って販売することは許されている。そのため企業秘密の内容によっては、それを長期間にわたって守るのは困難だ。

しかし、一部の知的財産は企業秘密として効果的に保護されている。例えば、コカコーラはその作り方を長年にわたり企業秘密として守っている。ソフトウェア開発の分野でも、従業員が書いたモジュールなど、多くの知的財産が企業秘密だ。企業と従業員の間で合意書を作成し、秘密保持契約を結ぶだけなので、企業秘密を政府に登録する必要はない。

今回の講演会を通して、基本的な企業買収の方法や知的財産の保護は日本とカナダで共通していることがわかった。しかし当然、カナダでの取引・手続きに関して助けが必要な場合は、カナダで働く弁護士に依頼しなければならない。そんな時、日本語のわかるツァオ氏のような弁護士がいることは心強い。講演後の質疑応答では、実際に知的財産権侵害に悩む参加者からの質問も飛び、活発な議論が行われた。

 

(取材 船山祐衣)

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