2015年8月から2016年3月まで、関西学院大学国際学部准教授の志甫啓氏がカールトン大学経済学部に客員教授としてオタワに滞在した。経済学が専門の志甫氏は、「インターナショナル・マイグレーション」すなわち国際的な人の移動の研究をしており、主に日本にくる外国人を対象に、いわゆる高度人材、南米日系人、技能実習生、学生の動きを調査。人々が国境を越えて移動する背景と、このような移動がもたらす効果や課題について分析している。日本人にはあまり聞き慣れないマイグレーション。本紙では今日の日本が抱えているマイグレーションを巡る問題について話をしてもらった。

 

 

(左から)Dr. Jack Jedwab カナダ研究学会 (Association for Canadian Studies) 学会長、 志甫 啓 関西学院大学国際学部准教授、Dr. Howard Duncan メトロポリス事務局長。トロントで行なわれた「Metropolis National Conference 2016」にて

 

マイグレーションの 研究が盛んなカナダへ

 現在日本でこのテーマに取り組んでいる研究者は社会学者等が中心で、経済学者は少数派だ。日本では比較的新しいテーマであり、利用可能な統計も少ないことが背景にある。だが、移民国家のカナダではこのテーマの研究が経済学者の間でも盛んだ。「カナダの経済学者たちはどのようにマイグレーション問題に貢献しているのか。どんなデータを用いると政策形成に寄与する深い研究ができるのか。移民国家であるカナダと日本の間には社会的に大きな違いがあるが、問題意識や統計整備の面で日本がカナダから学べることを洗い出したい」。この分野で活躍する有力な経済学者を擁するカールトン大学に滞在した目的を志甫氏はこのように語った。

 また今年は20年以上続いている国際メトロポリス会議(国際的な人の移動と社会統合に関する国際学会の年次大会)が、初のアジア開催として名古屋で行われる(10月24〜28日)。カナダ発祥の本会議は、本部をカールトン大学に構えており、志甫氏は日本側の実行委員長を務めている。本部と協力しながら名古屋大会の準備を進めることも今回の滞在の大事な使命とのことであった。

 

「外国人を 受け入れるしかない?!」

 少子高齢化と人口減少は今日、多くの先進国に共通した社会問題となっている。欧米ではこの問題への対策として「外国人を受け入れるしか残された道はない」と結論を出す傾向が強い。だが日本は「もう外国人を受け入れるしかない」とは考えない。女性や高齢者の活用、そして技術革新を加速して様々なロボットの開発を進めるといった取組みが合わせて考えられている。志甫氏によれば、このように「外国人の受入れ」を唯一の問題解決策と考えない日本の姿勢は、意外に欧米の研究者の間で高く評価されているという。

 

それでは日本は外国人労働者を受け入れないのか?

 外国人に対しては、すでに日本に住んでいる外国人の問題にまずは目を向けねばならない。日本の人口約1億2700万人のうち、外国人人口は220万人。どうすれば彼らを縁辺化せず日本社会に統合できるのか。特に南米日系人の問題の解決は急がれる。日本人との血縁関係を有する彼らは比較的容易に来日でき、入国後は自由に移動できる。彼らは先祖のルーツをたどって来ているわけではなく、「出稼ぎ」労働者としての色合いが強いことから、労働需要が多く給与水準の高い地域に集まりがちだ。結果的に彼らは東海地方や北関東に集中した。

 外国人労働者とその家族の特定地域への集中は、自治体への大きな負担につながり得る。出入国管理は国の責任だが、日本に来た外国人に対して必要な様々な取組み、たとえば彼らへの日本語教育などは現場で発生するからである。これはカナダでも同じである。カナダには各地に外国人をサポートするNGOが存在する。だが日本にはそういった機関が決して十分ではなく、重要な役割を果たしている機関であっても財政基盤等が脆弱で、優秀な職員を安定して雇用できないといった問題を抱えている。前述のメトロポリス会議は、研究者や国際機関・政府・自治体関係者、NGOグループなどがエビデンスに基づく意見の交換をすることで、リアリティーと向き合い、戦略的に外国人問題に取り組み、地域住民と外国人が住みやすい環境を作り、ひいては地域・国の競争力を高めることをひとつの目的としている。

 

日本は外国人にとって 魅力的か

 日本が外国人を受け入れないわけではない。実際のところ、「高度人材」と呼ばれる専門的・技術的分野の外国人については、従来から国は積極的な受入れをうたっている。同時に、「高度人材」以外に関しても、震災復興や次期東京五輪を見据えた特定分野での時限的な労働力の受入れが進められることになっている。

 しかしながら、今日、高度人材に限らず、良質な労働者の獲得は世界的な競争環境の下にある。志甫氏は次のように訴える。「受入れ国・送出し国・移動者の三者にとってメリットのある人の移動の在り方に意識を向け、移動者本人と送出し国にとって日本を魅力ある目的地とすること。そして新興国をはじめとする世界経済の成長の果実を日本が得られる人の移動の形態を考えるビジョンが求められている」。

 

カナダから学べること

 カナダの難民や移民受入れの視点は興味深い。これは近年のドイツに関しても同様だが、外国人の受入れを長期的な目で見ており、将来的に国益につなげられるという自信を国が持っているようだ。短期的には「お荷物」的な存在に見え、コストもかかる難民・移民であっても、国や自治体等が適切な取組みを進めることで、少なくとも次の世代、すなわち彼らの子供たちである第二世代が成人した暁には国の力になってくれるというわけだ。このような見方をすれば、短期的なコストは長期的にリターンをもたらす「投資」と受け止められる。

 こういった外国人受入れに関する長期的な視点は、日本で生活する日系ブラジル人世帯にも適用できるだろう。彼らの子供たちは不就学等の問題を抱えがちだが、国や自治体が将来への投資として彼らに積極的な教育を授ければ、いずれ彼らは日本とブラジルを結び付ける人材へと育つ可能性を秘める。日本語教育だけでなく、母語(このケースではポルトガル語)教育さえも、将来を見据えれば大きな意味を持ちうる。

 また、カナダの各州が主体的に移民のリクルートを行っている点も示唆に富む。古くは人口流出に直面したマニトバ州の取組みが有名で、直近では人口減少に危機感を持った大西洋州の積極的な姿勢が注目に値する。これは同様の課題に直面する日本の地方にも参考となる点が多いだろう。若者の流出を食い止め、いかに出生率を上げるのか、その地域に必要となる外国人をどのように受け入れるかなど、「地方再生」を真剣に考える必要がある。

 

今の日本の大きな流れ

 これから注目したいのは日本を巡る学生移動だ。現在、日本政府は2020年までに外国人留学生30万人を受け入れ、同時に日本の若者により多くの海外経験を積ませることに力を入れている。今日、企業の国際展開の加速化などを背景に、日本の教育機関は「グローバル人材」の育成を迫られている。

 企業はこれまでも、学校の成績だけが良い人より、いろんなことに主体的に取り組んできた人―たとえば世界中をバックパックひとつで旅するような行動力のある人―を評価してきた。国際的な感覚を育むためにも、最近の大学では、交換留学や語学研修はもとより、英語による専門科目の授業を行ったりと、様々な取組みがなされているようだ。すでにワーホリや留学などで海外に出ている若者たちは、英語はもとより多様な社会経験を積んでいるはずである。彼らの力を最大限活用することも、これからの日本にとって極めて重要になってくるのではないだろうか。

(取材 小林 昌子)

■ プロフィール ■
志甫 啓(しほ・けい)
関西学院大学国際学部准教授。専門は国際的な人の移動研究、労働経済。関西学院大学大学院修了、博士(経済学)。九州大講師、関西学院大専任講師を経て現職。高校生と大学院生のとき、カナダに留学した経験を持つ親加派。

 

 

志甫啓関西学院大学国際学部准教授

 

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