2019年10月31日 第44号

10月11日、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市のマイケル・J・フォックスシアターで、沖縄の太鼓パフォーマンスグループ「鼓衆若太陽」(ちじんしゅうわかてぃだ)の公演が行われた。このイベントは沖縄からやってきた鼓衆若太陽、ミュージシャン&プロデューサーの日出克(ひでかつ)さんだけでなく、現在オーストラリア在住の三線ボーカリスト美音(みおん)さん、地元バンクーバーで活躍するギタリストの中島有二郎さんもゲストとして出演した。また羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事も登壇し、開催を祝す挨拶を述べた。(メディアスポンサー: バンクーバー新報)

 

︎(中央左)花束を受け取り手を振る日出克さん(中央右)花束を受け取った美音さん

 

鼓衆若太陽の活動内容

 鼓衆若太陽は1993年6月に沖縄県浦添市で設立され今年で結成27年目を迎える。はじめは市役所の職員や議員らの大人15人で結成されたが、大人の他に子どもの部も結成され、現在は200人以上の子どもたちが所属している。2015年には世界エイサー大会で金賞も受賞し、また10年前より2年ごとの海外遠征公演・太鼓指導などを行っている。今回は、鼓衆若太陽カナダ公演実行委員会の企画で、バンクーバー沖縄太鼓の協力を得ながらメトロバンクーバーで公演するのは3回目だという。

 代表の銘苅(めかる)さんは、「本公演では海外に住む日本人の方に懐かしんでいただいたり、日本のことを全く知らない方にも興味をもってもらえるように演奏したい」と語った後、「子どもたちに特別な経験を味わってもらいたい」と話した。今回、鼓衆若太陽はメトロバンクーバー公演の前にアメリカ ワシントン州シアトルでも公演を行なっており、演舞する子どもたちはワシントン州でホームステイをして現地の生活や文化を経験している。

 鼓衆若太陽は沖縄エイサー太鼓、和太鼓、獅子舞等の演舞を通して伝統文化の普及と発展と共に、青少年の育成にも取り組んでいる。3歳から18歳まで多くの子どもたちが集まり演奏、練習する中で、団体行動や物事に真剣に取り組む大切さを学び、また海外で自分たちの演技をすることで人間的にも成長してほしいと語った。時には学校になじめず不登校の子や障害を持った子も参加をし演奏を楽しんでいる。銘苅さんは、太鼓や演技のうまいへたではなく、沖縄の伝統文化を通して良い社会人になってほしいと語った。

 

圧巻のパフォーマンス

 エイサーといわれる、もともとお盆の時期に踊られていた太鼓と踊りの演技に加え、ゲスト出演の日出克さん自身が考案・改善した独特な「太古ギター演奏」に合わせて躍動する琉球獅子と、美音さんの三線ボーカルと中島有二郎さんのギター演奏のコラボレーションというバリエーション豊かな演目。

 エイサーのパフォーマンスでは沖縄の太鼓と三線に加え、大きな和太鼓が使われている。沖縄では通常本土の和太鼓は使われないが、これは設立者の銘苅さんのアイデアだ。もともと沖縄出身の銘苅さんは和太鼓を習った経験があり、それを沖縄のエイサーと組み合わせたという。本公演でも和太鼓の大迫力の音と沖縄のエイサー太鼓の踊りが見事にマッチしていた。また、ギターや歌に合わせて子どもたちが太鼓や踊りを披露する場面もとても見事であった。演目の終盤では子どもたちがエイサー太鼓を持って観客席を周りながら観客に踊りを促したり、獅子舞が壇上から観客席まで歩き回りパフォーマンスをするなど、観客を巻き込んだ迫力のある演技であった。

 この常識にとらわれない伝統と新しいものを融合した素晴らしい演技は約500人の満員の観客を大いに魅了した。これをきっかけにバンクーバーで日本文化が知られるようになったり、沖縄太鼓を始めてくれる人が増えてくれるとうれしい。そしてまた次回も公演を続けたいと銘苅さんは語った。

 その後、出演者たちは壇上で花束を受け取り、鳴り止まない拍手の中、公演は幕を閉じた。

(取材 舛岡雄介)

 

︎鼓衆若太陽代表の銘苅さん。音楽だけでなく良い人間を育てたいと語った

 

︎日出克さん自身が考案した太古ギター演奏に合わせて躍動する琉球獅子。大迫力で観客に迫る

 

︎ゲストの日出克さんの太古ギターの演奏に合わせて踊る鼓衆若太陽。音楽に合わせて舞台上を所狭しと駆け回る

 

︎エイサー太鼓を叩きながら踊り、一糸乱れずポーズをきめる

 

︎舞台上から飛び出し観客席に演技をする鼓衆若太陽。観客たちもそれにつられて拍手やリズムを刻む

 

︎(左)リュウガくん(右)ココさん 演奏前に笑顔を見せるリュウガくんとココさん。海外のお客さんは反応が良いので演奏にも気合が入るという

 

︎公演前に挨拶を述べる羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事

 

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