2017年9月14日 第37号

9月29日から10月4日にANCAワールド・オーティズム(自閉症)フェスティバルがバンクーバーで開催される。世界34カ国から参加のある同フェスティバルが、今回初めて日本人を迎える。小柳拓人さんはその一人だ。

 

2016年の台湾と日本の身障者の交流する音楽会(開催地・台湾)で「ラ・カンパネラ」を演奏する拓人さん(撮影 ヤマグチ・ヨウコさん)

 

ピアニストとして活躍

 拓人さんは日頃、ピアニスト、そしてフルート奏者として日本各地で年間30以上ものコンサートに出演している。海外での国際障害者ピアノフェスティバルに出場した際には、特別賞(2009年)と銀賞(2011年)を獲得。拓人さんに焦点を当てたNHKのテレビ番組が過去二つ制作・放映されている。

会社員として勤務

 幼少期に音楽へ関心を示した拓人さんは、小学校教師の傍ら大学で音楽講師も務める母・真由美さんの導きを得て、演奏技能を習得した。また高校生の時には日本語ワープロ検定1級を取得。その後、大和ライフプラス株式会社に正社員として入社し、主にデータ入力の業務を行っている。データ入力のスピードは一般社員の2倍以上だ。

バンクーバーでのオーティズムフェスティバル親子で出演

 この度のANCAワールド・オーティズム・フェスティバル期間に、4回の演奏を予定している拓人さん。そのうちの1回、10月3日午前10時15分〜11時45分の出演時は、母の真由美さんが講演を行い、拓人さんがピアノとフルートの演奏を行う。真由美さんは「ミュージシャンとして、会社員として輝く日本の自閉症者たち—特異を得意にかえて」と題した講演の中で、拓人さんの歩み、自閉症を抱えたミュージシャンを公募して開催するオーティズム・ミュージシャン・コンサートについて、そして自閉症を抱えた人たちが企業で働く姿を紹介する予定である。

 フェスティバルを前に小柳真由美さんに話を聞いた。

 

—拓人さんが2歳の時、テレビコマーシャルの音楽が流れるとじっとしていることに気付いたそうですね。

 あれ、今落ち着いているよね、と思ったら、CMの音楽が流れていました。特にNHKの子ども番組「おかあさんといっしょ」では、歌の時だけは特に落ち着いていました。劇や体操になるとTVの前にいませんでした。こうしたことから彼にとって「音楽」が何か特別のもので、当面は落ち着いて過ごせるツールになるのではないかと思いました。

—どのように拓人さんを演奏へと導いてきたのですか?

 毎日の生活では言葉でのやり取りは成立せず、共感する場面がまったくありませんでした。まず視線も合わず、「おいしいねぇ」「きれいねぇ」と言っても無反応。高い場所から飛び降りるのが好き。食卓に上がったり飛び降りたりといった行為を頻繁にするので叱っても、へらへら笑っていました。とにかく同じ場所にいながら同じ空気を吸っている感覚がまったくありませんでした。

 しかし私が歌を歌うと、それに呼応して鼻歌を歌ったり、私がピアノを弾いて歌うとそばに寄ってきたりすることがありました。それで私が童謡のメロディをピアノで弾いて、興味を示した機を逃さず、メロディの一部の音を彼に弾かせてみました。そこから少しずつ音を増やし、私の弾くメロディに合いの手として鍵盤を叩かせてみたのです。言葉での指示も通らず、相変わらずの「多動」でしたが、5歳の時にヤマハ音楽教室の幼児科(数組の親同伴のグループレッスン)を始めてみました。年齢的には1年半遅れでした。その後、8歳からピアノの個人レッスンも始めました。ピアノに向かっている時が唯一、親子で同じ空気を吸っていると感じられる時間でした。

—拓人さんが一曲一曲の演奏を完成させる過程にどんなハードルがありましたか?

 集中力と根気については、いわゆる普通の人と感覚が違います。自閉症には①対人関係の困難さ、②コミュニケーションの困難さ、③こだわり(過度な執着と興味の狭さ)の三つの特徴がありますが、その3番目の特徴のために、興味のあることには自然に集中してしまいます。まさにそれがピアノ(音楽)でした。そして、その後のピアノ習得に功を奏したのも、この「こだわり」から来るものでした。

 音楽教室開始から意識的に毎日拓人と一緒にピアノに向かいましたが、そこで息子なりの音楽スタイルが見えてきたのです。彼は障害特性から、時間、数字、スケジュールに変化を好まないため、毎日定刻にピアノを弾き始めました。8時と決めたら7時56分にピアノの前にいても弾きませんでした。

 また数字のこだわりからか、楽譜に書いてある指番号には執着があり、絶対にその指番号以外の指では弾きませんでした。さらに変更を好まないため、反復練習が大好きでした。「あと5回」と言ったら、何の疑問も感じず5回弾きました。途中で「もういいよ」と言っても、「あと2回残っています」などと言って、回数もきちんとカウントしながら練習しているようでした。拓人の姉や弟も楽器を習いましたが、これらの3点は全く徹底せず、拓人はピアノ学習において模範生だと思いました。

 日常生活での同じ遊びを繰り返し、スケジュールが変わるとパニックになるといった、いわゆる困ったこだわりも、場面や見方を変えれば得意につながるとわかり、それが私の講演テーマの「特異を得意にかえて」になっています。

—より難易度の高い曲の演奏に対する拓人さんの姿勢や、その挑戦のために真由美さんが行った工夫を聞かせてください。

 拓人は順番に曲をクリアすることにこだわりがありました。1番が終わったら当然2番…というように、途中を飛ばさず、クリアしていくことが快感のようでした。その過程で、速くて細かいリズムなど、難しい演奏ができたときなどに「どや顔」でこちらを見た姿も印象に残っています。

 こちらからの長々とした説明は全く受け入れないため、丸かバツかを簡潔に。理由をあれこれ説明せず、まずはいい見本としての事実のみを短い言葉で伝える。聞いて情報を得るのは苦手なので、書いて示すことが効果的でした。そして拓人の場合、ピアノ習得の初期段階の手順は、メロディを歌い、曲を完璧に覚える、右手を完璧に練習する、左手を完璧に練習する、ここまで十分にできて両手で弾く方法が効果的でした。もちろん両手の段階になっても適宜片手での練習に戻ります。変更が苦手という障害特性とかかわっているのだと思います。

—拓人さんの演奏する楽曲の好みは?

 クラシック、ポップスに限らずアップテンポの曲が好きです。性格的に、明るく、ハイテンションなので、自分の波長と合うのだと思います。

—自閉症の子どもたちを指導する一般の先生、そして音楽の先生に、どんなことを大事にしてもらいたいと考えますか。

 一般にも言えますが、自閉症の子供をよく観察して、興味を持った瞬間を逃さないことです。彼らは興味のあることにはものすごく集中をするので、その能力やエネルギーを使わないのはもったいないことです。また、あいまいな表現は伝わらないので、丸かバツかを簡潔に伝えることの積み重ねが大切です。音楽の好みも大切にしてほしいですが、障害特性から彼らは新しいもの、また自分の範疇にないものに抵抗があり、そのままでは音楽のレパートリーも広がりません。新たな曲への挑戦、提案は音楽の先生の大切な役割と思います。この曲は拓人に合っていると思って新しい曲を提案すると、最初は拒否されますが、「まあ弾いてみて」とだましだましやっていると結局はものすごく気に入ることが多いです。

—今回のANCAワールド・オーティズム・フェスティバル参加への思いを聞かせてください。

 息子の演奏を聴いていただきたいことに加え、日本の自閉症の方の現状を、特に音楽、就労という分野でお伝えできればと思います。そして世界の自閉症の方やそのご家族や支援者の方が何を考え、どのようにアプローチしているのかに興味があります。新たな出会いにワクワクします。

(取材 平野 香利 / 写真提供 小柳 真由美さん)

 

小柳真由美さんが主催する「オーティズム・ミュージシャン・コンサート」

 小柳さん親子は日頃、真由美さんの講演と拓人さんの演奏を合わせた会を精力的に実施している。そして真由美さんの「息子と同じように音楽が生活を豊かにしてくれる自閉症の仲間がいるはず」との思いから、「オーティズム ・ミュージシャン・コンサート 」を2013年から開催し、公募で集まった自閉症のミュージシャンに演奏機会を提供している。同コンサートでは大勢でのアンサンブルも実施するが、合奏が初めての出演者も多い。「大勢の中で我が子が役割を果たし、演奏する姿に感動される親御さんも多いです」(真由美さん)。これまで6回開催し、支援者を含め、のべ1000名近くの参加者があった。その場で大きな輪になり、参加者が自己紹介し合う場を設けていることも好評につながっている。

 

8TH ANNUAL WORLD AUTISM FESTIVAL

日時:Sept 29〜Oct 04, 2017
場所:The Best Western Plus Chateau Granville Hotel & Suites Conference Centre (1100 Granville St., Vancouver, BC)
詳細はウェブページにて:https://www.naturallyautistic.com/2017-8th-annual-world-autism-festival/venues-for-2017-anca-world-autism-festival/

 

 

「特異を得意にかえて」と題した講演とコンサートの会での小柳真由美さんと拓人さん

 

2016年12月、香港自閉症才能コンテストで「ラ・カンパネラ」(リスト作曲)を演奏し、2015年と2年連続でベストリズム賞を受賞した

 

ピアノの個人レッスンを始めた頃(8歳)

 

真由美さんのピアノ伴奏でフルートを演奏。拓人さんはフルートを中学校の吹奏楽部の活動から開始した

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。