2017年5月18日 第20号

アコーディオンに似て非なる楽器・バンドネオン。押すと引くとで音が変わる。ボタンの配列は不規則——。「この難解で不器用な楽器の、その不可解な部分に可能性を感じます」と語る小川紀美代さん。世界で演奏活動を展開するバンドネオン奏者の紀美代さんに、6月の初バンクーバーライブを前に話を聞いた。

 

 

伝統的なアルゼンチンタンゴから、紀美代さんオリジナルの曲まで、バンドネオンの多様な音色を生かしたパフォーマンスを予定している

 

 バンドネオンはアルゼンチンタンゴを演奏する楽器として知られているが、発祥はドイツ。奏法の難しさから「悪魔が作った楽器」といわれながらも、パイプオルガンに似た神聖な音色も出せるために、船の中での教会音楽の演奏に使われていたという。だが第二次世界大戦で工場や職人が失われ、現在バンドネオンの生産者は、ほとんどいない状況だ。そんなレアな楽器に紀美代さんが魅せられたのはなぜか。

 

▶バンドネオンとの出会いと魅力

 ドイツの「ECMレコード」が好きで、バンドネオン奏者Dino Saluzi(ディノ・サルジ)の音楽と出会いました。

 バンドネオンは非常に難解な楽器です。リードや反響板の金属の独自の配合、構造の違い、楽器の歴史の違いからくる「一音の重み」や、何ともいえない哀愁を帯びた嘆きの音色は、アコーディオンとは異なる世界があります。またアコーディオンにはストラップがありますが、バンドネオンにはありません。そのおかげで膝でリズムを切って、より軽快で歯切れが良いリズムを刻むことができます。個人的には、この難解で不器用で、民族的な楽器の不可解な部分に、とても可能性を感じています。

—CMや映画・ドラマ音楽への参加や演劇、ダンス、現代美術とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる紀美代さん。初めてバンドネオンの音を聞く人に、驚かれて必ず聞かれることがあるという。

 蛇腹を閉じる時、かなり大きな呼吸音がするのですが、「今のダースベーダーみたいな音は何?」と聞かれます(笑)。そういうノイズはバンドネオンの醍醐味でもあるのですが、初めて聞く方はびっくりされるようです。

—独学で奏法を学び始め、2001年単身で本場のブエノスアイレスへ。2003年には国内最大の音楽祭、アルゼンチン版「紅白歌合戦」に出演。大スタジアムで演奏する紀美代さんの曲に合わせ、聴衆が一緒に歌ってくれた。1万人の歌声の中での演奏で鳥肌ものの感動を体験。1週間にわたる音楽祭の模様はアルゼンチン国営放送で流された。

 私の「日本代表派遣団」として2度の出演(2003年、2017年)は、友好親善大使としての役割も持っています。福島県川俣町という小さな町とアルゼンチン・コルドバ州コスキン市は友好親善関係にあり、長年の間、日系移民の方々を通じて交流を持ってきました。川俣町でも43年間「コスキンエンハポン(日本のコスキンフェスティバル)」というフェスが続いていて、私はそのつながりで出演させていただきました。この町は、2011年の東日本大震災の際には大きな被害を受けた町です。みなさんのご尽力に感謝の言葉もありません。こちらの団体は、今年、国際交流基金から「地球市民賞」(国際交流に貢献した団体に贈られる賞)を受賞しています。音楽を通じて、日本の小さな町と、アルゼンチンが繋がっていることを誇りに思い、その一端を担えていることをうれしく思います。

—活動範囲はアルゼンチンにとどまらず、大使館の事業でボリビア、パタゴニアにも演奏旅行を。そして韓国、香港、中国、マレーシア、カンボジア、ドイツ、フランス、ノルウェーほかで公演を行ってきた。

 私は語学が苦手で(苦笑)、海外にこんなに出て行くとは思ってもいませんでした。すべて個人的なつながりで動いています。一つ一つの演奏活動で、一人一人と出逢い、それがすべてつながっていく。それだけのことなのですが、自分を信じて精進していくことは、世界とつながることだと、演奏活動を通じて感じています。

—タンゴやバンドネオンの世界は非常に保守的。そうした中では大きな葛藤もあった。

 伝統の継承も大事ですが、自分にとっては新しい音楽を創造したいという気持ちが強くて…。今年、ブエノスアイレスでタンゴの神様、アニバルトロイロのお孫さんがコンサートに来てくださいました。ふと思い立ってオリジナルなアレンジや、自分の曲を披露したところ、目を輝かせて喜んでくれました。うれしかった。本当に深いところで音楽を感じてくれる方には通じるんだな、と思いました。この出来事は、自分の音楽を続けるにあたって大きな力となりました。伝統的なタンゴも、作られた時は新曲だったのですから!

 

▶バンクーバー公演開催にあたって

 紀美代さんからのメッセージ 私にとっては初めてのバンクーバーの皆さんにお会いすること、新しい土地を訪れること。そして、この出逢いが、さらなる始まりとなりますように。   

 

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音楽魂を刺激する情熱的ライブ

 バンクーバーのライブでは、アルゼンチンタンゴ『想いの届く日』『首の差で』、アストル・ピアソラ作品から『リベルタンゴ』、『アルフォンシーナと海』『コンドルは飛んでいく』などのほか、教会音楽を彷彿させるものや、ダンサーのための書き下ろし曲、流浪の吟遊詩人をイメージしたオリジナル曲に、懐かしい日本の曲も演奏予定。5オクターブに迫り、多様な音をクリエイトできるバンドネオンの魅力を惜しみなく披露する。 バンクーバー在住の音楽家たちとのコラボが生み出す新境地にも期待が高まる。既存のタンゴ演奏の概念を覆すコンサートになることは間違いない。

 

バンドネオン奏者・小川紀美代さん
日本大学芸術学部卒。2005年アルゼンチン大統領府博物館ホールほかの公式コンサートに参加。パタゴニア・トレレウ市ではGustavo Ariel JonesとのCD制作、 コンサートの業績を認められて名誉市民に。 2007年から韓国の「アジアンアートエクスチェンジ」に毎年招聘されるなど世界各地での演奏を経験。6枚のソロアルバムのほか、参加レコーディング多数。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~kimiyo/

 

「小川紀美代 バンドネオンソロコンサート ゲストパフォーマーと共に—」
(Kimiyo Ogawa Bandneon Solo Concert with guest performer)

ゲスト出演:フルート奏者・小西千恵子、ギター奏者・中島有二郎
6月9日(金)、10日(土)午後8時開演
会場:VISUAL SPACE Gallery 3352 Dunbar Street, Vancouver, BC    
$20(席数に限りがあるため、主催者は予約を勧めている)。
予約窓口 This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.・電話 604-559-0576
www.visualspace.ca

 

—岡山とバンクーバーのギャラリー
同士の偶然の出会いと交流からー ビジュアル・スペースオーナー オンリー由起子さん

 3年ほど前に、フェイスブックで岡山にある「ギャラリー栂(とが)」のページに行き当たりました。趣味の良い素敵な作品ばかりを展示しているその洒落たギャラリーのファンになり、そこでオーナーの哲子(のりこ)さんとつながりました。日本帰省の折にギャラリーを訪ね、合わせて私自身のギャラリーで数回展示会を催したバンクーバー在住の安藤真理子さんの作品を紹介しました。必ず気に入ってもらえると思いました。その後、話は進み、2016年の10月に「ギャラリー栂」にて安藤真理子展が開かれました。その際哲子さんは素晴らしい食事会と演奏会も開催し、小川紀美代さんが、その時のソロパフォーマーだったんです。

(取材 平野 香利 / 写真提供 オンリー 由起子さん)

 

「無心で、何かに弾かされ、突き動かされているような時、本当の意味での深い演奏ができている気がします」と小川紀美代さん

 

コラボで出演するフルート奏者の 小西千恵子さん

 

ブラジリアンギターの中島有二郎さんも出演

 

会場のギャラリーVisual Spaceでは6月3日〜6月17日に安藤真理子展を開催。ライブ来場者は音楽と絵の両方を楽しむことができる

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。