ドキュメンタリーフィルムと一言でいってもその守備範囲は広い。最近は商業的なドキュメンタリーフィルムが耳目を集め、物議を醸すことも多いが、カトリーナ・恵・ロングミュアーさんが手がけるのはもっと身近で人々の生活に密着した物語だ。見過ごせば二度と拾えないような小さな物語をひとつひとつ丁寧に紡いでいく。短い時間に人々の思いを詰めるフィルムが好きだという。

ドキュメンタリーフィルム制作のきっかけ
学生時代は美術を専攻した。祖父の影響だ。東京に小さな画廊を持つ祖父はいつもカトリーナさんの憧れだったという。東京で英語を教えながら画廊でアルバイトしたこともあった。それでもフィルムへと興味が移っていったのは人と接することがしたかったから。「美術も好きだけど、どこか孤独な作業が多いんです。私はもっと人と接することがしたくて」。自分の技術で関心事を表現する方法としてフィルムはぴったりだった。
実際に仕事として始めたのはモントリオールに在住している時。ナショナル・フィルム・ボード(NFB)での仕事が最初だった。マルチメディアの仕事を多く手掛けていたことが良かったのかなと振り返る。
初仕事はアソシエートプロデューサー。フィルムタイトルは“Finding Farley”。カナダを代表する作家であり環境活動家でもあるファーリー・モワット氏に魅せられたカップルが2歳の息子と愛犬と共に、60年前にモワット氏がたどった5000キロのカナダ国内の旅と同じ行程をカヌーや徒歩で制覇する模様を描いたもの。また、NFBでは“Our World”というファーストネーションズの若者にデジタル技術を駆使した短編ドキュメンタリーフィルムの制作を教え、彼らが彼らの言語で制作した映像を集めるプロジェクトも手掛けた。
「こうしたフィルム制作にかかわって、彼らと仕事ができることはとても幸運だと思っています。ファーストネーションズの若者が誇らしげに自分たちの言葉で表現するのを見るとこっちも幸せな気分になりますね」。両作品ともNFBのHP(www.nfb.ca)で見つけることができる。

ドキュメンタリーフィルムの難しさ
「人々の物語を聞くのはとても楽しい」と笑う。だから映像として制作していける。では大変なのはと聞くと、「予測不可能な事態に臨機応変に対応しなければいけないところかな」という。あらかじめ用意された台本がないだけに不測の事態にどう対応できるかがフィルムの良し悪しを左右することもある。しかしそれ以上に大変なのは、実話を描くということへの配慮。観客が見たいと思うことと、物語を提供してくれる人々の思いとのバランスがドキュメンタリーでは特に難しい。「物語を提供してくれる人々に対して、敬意を払い、物語を理解し、フィルムという形に収めるよう心掛けています」。そうしてひとつひとつ丁寧に紡がれた物語がやがて見る人々の心にもゆっくりと染み込んでいく。同じ価値観を持ったスタッフと物語の語り手と一つのものを作り、見る人がその思いに共鳴する。「すべてがうまく合わさった瞬間は本当にマジックみたいです」。ドキュメンタリーを撮る難しさが、喜びに変わる瞬間だ。
メディア技術が進んだ現在では誰もがドキュメンタリーフィルム制作者に一瞬にしてなれるというプロにとっては厳しい環境でもある。「いい物語を見つけること。これが重要になりますよね」と笑った。

Bite Size Media
最近、友人と“Bite Size Media”を立ち上げた。時間にして1分とか2分の超短編ドキュメンタリーフィルムを手掛けていきたいという。ショートフィルムには利点が多いと説明する。一つは良質の作品が低予算でできること、ドキュメンタリーは長時間よりも短めの方が観客に好まれること、そして、短い分だけより多くの物語を作れることだという。
たくさんのいい話を少しでも多く作っていきたいというのがカトリーナさんの思いだ。「それぞれのコミュニティの物語や記録として残していきたい物語などを集めていきたい」。まだまだ語り切れていない物語がたくさんある。それらを見つけて記録していく。それもドキュメンタリーの役割だ。
「国境を越えた物語も追いかけてみたいんです」とカトリーナさん。これまではカナダ国内の物語を中心に撮っていたが、例えば、日本とカナダにまたがり日本人スタッフと共に一つの物語を作るのも楽しいかもしれないと笑う。まだまだ彼女が紡ぐ物語は始まったばかりだ。

(取材 三島直美)

 

その他の代表的な作品

“Telling the Stories of the Nikkei-New Denver BC”「生徒たちが制作した10篇の短編フィルムにメイキングや収容所生活を強いられた日系人たちの物語を加えた作品」(http://tellingthestoriesofthenikkei.wordpress.com/
“Our First Voices”「ブリティッシュ・コロンビア州にある13のファーストネーションズを取り巻く『母国語』に対する思いを描いている。それぞれの言語の音の響きがとても楽しい」(http://knowledge.ca/program/our-first-voices-shorts

 

2012年3月3日 第18号 掲載

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