Blue Sky Music Studio ピアノ講師

柏谷麻友(かしたにまゆ)さん

 

麻友さんはリサちゃん(仮名・6歳)にとって4人目のピアノの先生。レッスン初日、リサちゃんは椅子に座らず、麻友さんに自作の絵を見せてはおしゃべりばかり。麻友さんは話にうなずきながら「この絵に音楽をつけてみようか」とリズミカルに鍵盤を鳴らした。そのうちにリサちゃんから出た言葉は「ピアノだーいすき!マユだーいすき!」だった。

 

  

心の奥底に響く音楽の力を感じて

 子どもからシニア、そしてプロを目指す生徒までと幅広くピアノ指導に当たる柏谷麻友(かしたに・まゆ)さん。自身の境遇の中で体感したのは音楽の喜びと魂に息吹を与える底知れぬ力。「一人ひとりにその音楽の力を実感して人生を豊かにしてもらいたい」と個別のカリキュラムを組み、今日も100%の勢いでレッスンに臨む。

 

指導者への道のり

 子どもの頃は股関節の病気のため外で遊び回ることができなかった麻友さん。3歳から始めたピアノは、ほどなくしてプロを意識した本格的なレッスンに移行。レッスンは厳しく辛かったが、うまくなることが「自分のできないことへの思いを埋めてくれました」。プロのピアニストへの登竜門たる東京の名門大学の進学に向け、自宅の京都から東京の一流講師の元へ通い詰めた。投じたお金も半端なものではなかったが、受験が迫った頃に父が重い病に倒れ、進路を変更せざるを得なかった。そしてピアノ指導者を育成するカワイアカデミーへ奨学金を得て進んだ。

 

コバケンとの出会い

 「炎のコバケン」こと、指揮者・小林研一郎。彼の演奏に衝撃を覚えた23歳の夏。以来、彼のコンサートには全て出向いた。そうして2年。いつものように多くのファンに混じり、楽屋出口に立っていた麻友さんは「今日もお一人なんですか?」とコバケンから声をかけられた。その時から麻友さんはコンサートの都度、彼のスタッフと共に行動。ものすごい集中力でタクトを振る彼の姿を間近にした。「ベートーベンはなぜこの音を選んだと思う?」「作曲家は魂を削るように一音一音を書き上げている。だから僕たちも命がけで楽譜を読まなくては」。熱く指導する彼。時には麻友さんのピアノも聴いてくれた。

 そんな麻友さんにはずっと胸に秘めていた思いがあった。「私はあなたの音楽の一番の理解者だと思う」。しかしそれはあまりにおこがましく思え、口に出すことなどできなかった。

 だが、楽屋への出入り開始から2年後のある日、彼は麻友さんにこう言った。「君は残念ながらプロのコンサートピアニストではないから一生涯僕と同じステージで仕事をすることはないだろうけれど、君の持っている感性と僕の感性は同じところにある。君の音楽を僕は理解できる」。麻友さんは胸がいっぱいになった。視界の一面が青空になったこの日以来、この言葉は麻友さんが音楽を続ける力強い支えだ。

 

技術の上にあるものを

 そうして麻友さんはカワイの音楽講師として数百人の生徒を指導し、さらに講師たちの指導者にもなった。個人の特性を即座に感じ取り、適切な改善法や、さらに伸びる方法を提案できる引き出しの多さは、多数の指導経験から生まれたもの。

 「自分自身、一生学び続けたい」と、この夏、ポーランドのショパン音楽大学でピアノマスターコースを受講する。やむことなく自己研鑽に努める麻友さんは、ドイツ式心理音楽療法も目下勉強中。それは音楽が、年齢や心身のコンディションを問わず楽しめるばかりか、潜在能力をも引き出す姿を見てきたから。

 指導について麻友さんは言う。「音楽は自分の表現。考え方や感性など、人間が全部出ていくものです。技術も大事にしますが、私はその上にある一人ひとりがそれぞれに持っている力を引き出したいんです」。   

 生徒たちは言う。「マユ先生は私がうまく弾けるとすごく喜んでくれる。それがとっても励みになる」「技術の指導はもちろん、音楽の心を教えてくださるのが楽しくて続けています」「親にも話せないこともマユ先生には言えます」 — 麻友さんの真摯な思いは、ここバンクーバーで確かな共鳴を起こしている。

 

(取材 平野香利)

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。