どの「道」にもパイオニアと呼ばれる人がいる。 根本道世さんもその一人だ。 現在、女性で初めての剣道最高位「八段」を目指して、毎年昇段審査に臨んでいる。 今年6月、休暇と指導を兼ねバンクーバーを訪れた。バーナビーの錬武道場や バンクーバー剣道クラブを訪問。海外での交流は「楽しい」と大きく笑っていた。

剣道の奥深さ
「剣道が本当に面白いなと思ったのは最近なんです」。小学校高学年で初めて剣道に出会い、競技者として、指導者として、常に剣道とかかわってきた。現在58歳。今年の春に教師として務めていた大阪の高校を早期退職し、今は週に2回、練習や指導をしている。
それでも、現役を辞めたわけでない。昇段審査もあるし、何より剣道はいくつになってもできるところが魅力と語る。「年齢や性別、上手い下手にかかわらず、誰でもが誰とでも、対戦し、稽古をできるのが剣道の魅力。しかも、自分より格上の人に勝てることもあるんです」と笑う。そこが何より面白いのだそうだ。
剣道と言えば、武道の中でも最も礼儀を大切にしているという印象がある。しかし、それは剣道をやっているから強制されるものではなく、剣道をやっているうちに自然に身に付くものだと考えている。上の人に教えてもらい、下に伝える。「こうして伝達されていくことが文化の継承だと思うんです」。教えてもらったら「ありがとう」と言う。教える限りはきちんと教えるよう心掛ける。それが「礼儀」という文化だと考えている。「だから、教える時は、私は、面の付け方一つでも手を抜かないんです。それが文化だと思うから」
武道の文化とは、乱世時代の殺し合いの手段を経て、平和の時代に教育の手段へと変化し、戦後にスポーツという要素が加えられ、今に至るのではないかと言う。この三位一体があるからこそ、楽しいのではないかというのだ。だからこそ奥深い。知れば知るほど、面白くなっていく。「それが剣道だと思います」と語った。

 

パイオニアとして
大阪城公園内にある大阪市立修道館で、11歳の時に剣道を始めた。家が近かったことが理由だ。始めたばかりの道場には、女の子は彼女一人しかいなかったと言う。最初は辞めたくて仕方がなかった。それでも、道場の帰り際に「明日もまたガンバリや」と毎回声を掛けられ、子供心にやる気をそそられた。それから40年以上が経ち、今は女性初の八段を目指して鍛錬している。
平成7年、彼女が七段を取得して、女性七段は4人になった。それでもたったの4人だ。年齢の離れた先輩が2人、ライバルの同年代に1人、そして彼女。その時、「女性の七段というのは男性の八段と同等だよ」と声を掛けられたという。その時は意味が分からなかった。のちに八段を受けようとした時に、この言葉が八段に挑戦しないよう彼女に引導を渡す意味だったと教えられた。露骨な女性蔑視の言葉も浴びせられた。しかし、「なんでだ」と憤る気持ちこそあれ、それであきらめるようなひ弱さは持ち合わせていなかった。
それまでもさまざまな場面で女性であることが重しのように伸し掛かってきた。教員になって男子生徒を指導した時、女性が男子生徒に剣道を教えるなんてと誹謗されることもあった。女性として初めて全国大会の審判として参加した時には、一緒に参加する女性同僚があまりの重責に気持ちが崩れそうになるのを、「そんなの大阪が決めたこと。私たちは自分のできることをやればいい」と笑い飛ばして責任を果たした。
女性であって常にパイオニアとしてやってきた彼女に、「引導の言葉」は効果がなかった。「(八段は)何回も受けました。もうかれこれ10年近く挑戦してますかね」と笑う。七段を取得して10年経って初めて八段に挑戦できる。八段合格率は1パーセント前後。最高位だけにただでさえ合格率が低い上に、女性ということがハンデとなればかなり厳しい。「ここまで来たら意地ということもありますしね」。保守的な制度はいつか誰かが突破するしかない。その役割をこれからも買って出るつもりだ。「自分たちの代がパイオニア的存在として受験し続けようと思っています。たとえ受かるのが後輩たちが先であってもね」。
クルクルと表情を変え、大きな声で、大阪弁をまき散らしながら、苦労も嫌なことも丸ごと全てひっくるめて面白おかしく話す。そんな彼女の目の前には、剣道界初の女性八段という最高の称号と楽しい剣道人生が見えているに違いない。

 

(取材 三島直美)

 

2013年7月18日 29号掲載

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