2019年7月18日 第29号

毎月本紙でコラム『お薬の時間ですよ』を執筆する薬剤師の佐藤厚さんが、7月6日にバンクーバー中央図書館で『カナダの薬箱 in Vancouver』と題した講習会を開催した。(メディアスポンサー:バンクーバー新報)

ブリティッシュ・コロンビア州サンシャインコーストの町、ギブソンズのロンドンドラッグスに勤務する佐藤さんは、日本とカナダの薬剤師免許を持つだけでなく、国際渡航医学知識認定、認定糖尿病指導士、禁煙指導士の資格を有している。日頃注力しているのは、渡航の際の健康管理と疾病予防を中心としたトラベルクリニックサービスである。また広範で実用的な知識を生かして、日加ヘルスケア協会やコスモスセミナーなどで講演を行い、邦人コミュニティーに貢献してきた。今回のセミナーでは、第1部「妊娠と授乳と薬のはざまで」、第2部「カナダで知っておきたい薬の知識」と題したセミナーを合計3時間半にわたって実施した。本稿では、豊富な資料を用いて分かりやすく説明されたセミナーの第1部の内容をダイジェストで紹介したい。

 

朗らかで丁寧にカナダの医療と薬の知識を解説してくれた佐藤厚さん

 

第1部 カナダ(プレ)ママセミナー
【妊娠と授乳と薬のはざまで】

妊娠したときは

 妊娠の可能性を感じたら、ドラッグストアで妊娠検査用スティックを購入して自己チェックし、結果が陽性であれば、なるべく早い段階でファミリードクターを受診すること。ファミリードクターがいない場合にはウォークインクリニックへ行き、その後、産科専門医を紹介してもらうのがカナダでの一般的な流れになる。日本のように、初めから直接産科には行けないので注意が必要だ。産科の医師に紹介状が送られても、すぐに予約が取れないことはよくあるため、ファミリードクターは早めに受診しよう。産科医の診察を待っている間は、ファミリードクターや初診時の医師がケアに当たる。また、産科医は基本的に出産までのケアを担当し、出産後は再びファミリードクターがフォローアップする。通常、出産は担当の産科医師が所属する公立病院で行う。

受診頻度

 出産予定日は、最後の生理開始日から数えて40週で計算される。受診して超音波で赤ちゃんを診る機会は、通常だと2回が普通。日本と比較すれば、たったの2回と思うかもしれないが、「何かしらの異常が認められた場合などには、2回以上の超音波検査が行われることもあり、医師は安全なお産のためにしっかりとケアするので安心してください」と佐藤さんは強調した。

無痛分娩について

 アメリカでは硬膜外麻酔による無痛分娩を経験した妊婦の割合は、1980年で20パーセントだったのが、2010年では60パーセントにまで割合が高まっており、その傾向はカナダでも同様である。北米においては、無痛分娩は一般的な処置であり、麻酔の専門スタッフが処置するため、カナダで無痛分娩を考える際の安心材料は多い。

分娩と退院

 出産時の入院は、通常分娩で1泊、帝王切開で1〜3泊が普通。出産後、赤ちゃんを連れて帰宅するに当たり、大事なのが赤ちゃん用のカーシート。安全基準を満たしており、有効期限内であるかが重要で、退院時には、必ずナースがカーシートの安全性を確認する。友人から譲り受けたものなどを使用の際には、その点をよくチェックしておきたい。

 

【妊娠中と出産後のうつ治療】

 出産後の女性は、ホルモンのレベルが急激に変化するうえ、授乳による体力消耗と睡眠不足といった環境の変化により「うつ状態」になりやすい。様々な種類の抗うつ薬が存在するが、まずは予防が大切だ。赤ちゃんを迎えた夫婦には周囲のサポートが欠かせないので、日本にいる家族を呼んで手伝ってもらうことは多いだろう。だが「日本の家族に来てもらったが、英語が話せないので、むしろ手間が増えて大変だった」「夫の家族とのコミュニケーションに疲れてしまった」といった体験談は多い。 こうした状況を予測して、妊娠中から夫との協力体制を整えておくようにしたい。

 

【胎児や出産への薬の影響】

薬の影響

 妊娠中に摂取する薬物の胎児への影響は、時期によって大きく異なる。妊娠28日から50日目までは絶対過敏期と呼ばれ、胎児の中枢神経、心臓、消化器官などの重要臓器と四肢の形成が起こっており、この期間、胎児は母親の摂取した薬の影響を最も受けやすい。

 相対過敏期と呼ばれる妊娠51日目から112日目には生殖器や口蓋が形成されており、薬の胎児への影響は絶対過敏期ほどではないが、母親に薬が必要な場合は慎重に選ぶ必要がある。

 妊娠113日から分娩までの潜在過敏期においては、胎児の催奇形性のリスクは下がるものの機能的発育に影響がある。佐藤さんはこうした妊娠中の薬の影響を解説後、歴史的薬害の元となったサリドマイドなど、胎児への薬害が知られている医薬品名と代表的な商品名を紹介してくれた。

アルコールやタバコの影響

 妊娠期間全体を通して、アルコールは胎児の成長や中枢神経、頭や顔への形成、心臓や関節、口などへの形成に害を及ぼすことが知られている。また、喫煙本数と早産率には明らかな相関があることが分かっており、タバコの煙に含まれるニコチン、一酸化炭素、シアン化合物、鉛などは、胎児に口蓋裂、血管収縮、低体重を招くほか、流産・早産・前置胎盤、胎盤早期剥離などの異常も引き起こす可能性がある。

麻薬や大麻の影響

 妊婦がヘロイン等の麻薬を常用していた場合、出産後に赤ちゃんへの薬物の供給が断たれることで、痙攣や呼吸困難といった新生児薬物離脱症候群を引き起こすことがある。また、カナダでは昨年10月に嗜好用大麻の販売が解禁になったが、カナダ産婦人科学会は、大麻は胎児の脳神経系に有害であると、妊婦に向けて警告を発している。

カフェインやサプリメントの影響

 1日7杯を超えてコーヒーを飲むなど、妊娠中のカフェインの多量摂取で、流産、死産、早産、低体重児となるリスクが増大することを知っておきたい。栄養に関しても、ビタミンAの大量摂取(10000IU以上の摂取)が赤ちゃんの先天性異常の可能性になり得ることが報告されているので要注意だ。

 

【妊娠前、妊娠中に受けるべき予防接種】

 妊娠前であればMMR(Measles, Mumps, Rubella)の3種混合ワクチンを、妊娠中は百日咳(Pertussis)とインフルエンザの予防接種を受けるようにと佐藤さんは勧めた。通常、百日咳のワクチンは、破傷風(Tetanus)、ジフテリア(Diphtheria)との3種混合ワクチンとして投与され、インフルエンザのワクチンとともに、妊婦における安全性は確立している。

 ここ数年、バンクーバーを含む世界各地で麻疹(Measles、はしか)の集団感染が報告されている。麻疹は、江戸時代には「命定め」とも言われたほどに恐れられていた病気で、同じ空間にいるだけで空気感染し、妊婦がこの病気にかかると、流産の頻度が上昇する。また、昨年放映されたNHK連続テレビ小説『半分、青い。』で、主人公である楡野鈴愛がおたふく風邪(Mumps)を原因とした難聴を患っていたことは記憶に新しいが、その他にもおたふく風邪に罹ると髄膜炎、睾丸炎、卵巣炎などの合併症を引き起こすことがある。

 風疹(三日はしか、Rubella)では、妊娠20週頃までの妊婦が感染すると、胎児の心疾患や難聴、白内障などを発症する可能性がある。そのため、この三つの感染症予防ワクチンMMRの予防接種を過去に受けていない場合、「妊娠前に、そして妊娠中は妊婦の家族が受けるように」と佐藤さんは力説した。さらに、よくある質問に答える形で、複数のワクチンの同時接種による害はないこと、ワクチンの副作用は通常軽いものであること、MMRと自閉症に関する論文は取り下げられていることを説明し、反ワクチン的な考え方についてはリスクを再考してほしいと伝えた。

 こうした情報のほかにも、出産時に赤ちゃんがどのように産道を通ってくるかを映像で確認し、またつわり(悪阻、Morning sickness)への対処法、妊娠糖尿病の基本的な知識、妊娠中のサプリメントとしての鉄剤や葉酸など、膨大な情報を日本語で提供した。

 セミナーの第2部では、旅行の際に携行するべき薬、海外旅行保険とカナダの健康保険制度、避妊、メンタルヘルス、大麻の影響などを、非常に分かりやすく伝えてくれた。また参加者に対して「質問があれば何でもメールしてください」と投げかけ、講習後、全資料をメールで送信してくれた佐藤さんは、本紙に本講習会開催への思いをこう語った。「これまでNPO団体等と協力していくつもの講演をしてきましたが、最近は薬局マネージャーとしての仕事が忙しくなり、他の団体の方々と打ち合わせ等の時間がなくなってきました。それでも文化や言語の違いに直面する若い世代の日本人の皆さんの役に立てればと思い、個人でセミナーを企画し、開催するに至りました」。日本人のアイデンティティーを持ちながら、英語と日本語両語の医療・薬学用語に精通し、薬の各種相談を受けてきた経験から「これからも皆さんの日本語の情報源となれれば幸いです」と語る佐藤さん。その思いは、7月に第91回を迎えた本紙連載のコラム『お薬の時間ですよ』の長期にわたる精力的な執筆にも表れている。

 

プロフィール 佐藤厚(さとうあつし)
 新潟県出身。2001年星薬科大学卒業、2003年同大大学大学院修了。日本とカナダで薬剤師。2008年よりギブソンズのLondon Drugs に勤務。2019年5月より薬局マネージャーに。国際渡航医学知識認定、認定糖尿病指導士、禁煙指導士。薬局内で渡航前健康相談や予防接種を行うトラベルクリニックを担当し、国際渡航医学会、日本渡航医学会の会員でもある。家庭では二人の子育てをがんばるイクメンパパで、30年ぶりに再開したピアノ演奏では、子どものバイオリンの発表会での伴奏もしている。読書、スキー、テニス、スポーツ観戦、旅行等、趣味は多いものの最近は時間がないのが悩みだ。

(取材 平野香利)

 

日本とカナダで市販されている代表的な薬を比較しながら紹介

 

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