2018年1月1日 第1号

「パイオニア的存在の先輩たちがいるから頑張れる」。現在、女子剣道でカナダ代表に選ばれることの多い山田花加さん(バンクーバー剣道クラブ)の言葉だ。カナダの女子剣道界はバンクーバーが率いてきたと言っても過言ではないという。

その中心が中野ウェンディさん(スティーブストン剣道クラブ)。そして彼女の背中を見ながら共に歩んできた荒真紀子さん(錬武道場)。そんな2人に追いつこうと今の代表世代をけん引する山田花加さん。みんなカナダで生まれ、育ち、バンクーバーで日本の伝統武道「剣道」を始めた。そんな3人のお姉さん的存在が花加さんの母・山田宏美さん(バンクーバー剣道クラブ)。

今は違う道場で活躍するが、中野さんも、荒さんも、バンクーバー剣道クラブから巣立っている。そして世代や道場が違っても、剣道に対する熱い思いは同じ。カナダ女子剣道界を継承する女性4剣士に剣道への思いを聞いた。

 

カナダ女子剣道を代表する4世代が揃った。左から、荒さん、山田花加さん、中野さん、山田宏美さん。バンクーバーで

 

バンクーバーで剣道をする運命だった

 4人が剣道を始めたきっかけは共通している。親や兄弟姉妹がやっていたから。好む好まざるにかかわらず、自然と剣道に親しみ、始めた。始めた年齢も10歳から12歳とほぼ同じ。花加さんだけは、本人も、母親もはっきり覚えていないほど自然に竹刀を握っていたという。兄も姉も習っていた。母親が送り迎えをする時に必然的に連れて行かれる。「小さい頃からほぼ選択肢なく道場にいた」と笑った。

 宏美さんはカナダに来る前に日本で始めた。やはり先に始めていた兄の影響だ。「高校の剣道部でかなり真剣に取り組んだ」と振り返る。しかし卒業後に止めた。再開したのはバンクーバーに来てから。花加さんが生まれ、子育てが一段落して再び始めた。「ずいぶんブランクがあって最初は大変だった」と笑う。カナダでも剣道をしようと思ったのは、「日本からカナダに来て、なにか日本と繋がりを持っていたかったから」。もうカナダでの剣道歴の方が長い。

 中野さんは、兄が始めたのを見て「自分もやりたい」と思った。しかし父親から女の子だからと許してもらえなかった。道場に他にも女の子が入り始めてようやくOKが出た。12歳の時だ。それから出産で約1年のブランクがあるが今でも現役。カナダ女子剣道のパイオニア的存在として一目置かれている。

 荒さんは、父親が師範をしていた道場で小さい時から竹刀を持たされていたという。小学生の頃は友達にも会えるし遊び感覚だった。そして12歳の時に転機が来た。父親から「剣道をもうやらないんだったら一生やるなって言われたんです」。その時に「一生できなかったらちょっと寂しいかなって思って」。そこから真剣に取り組み始めた。結婚、出産を経てもちろん今も現役。「今はやってて良かったなって思っています」と笑った。

 

カナダ女子剣道のパイオニア

 女子剣道は比較的新しい。3年に一度開かれる世界剣道選手権大会(世界大会)で初めて女子の部が行われたのは1997年。中野さんと荒さんはカナダ代表でこの大会に参加し、3位入賞を果たした。しかし「ウェンディは世界大会で女子の部ができる前から行ってますから」と荒さん。中野さんは世界大会の部ができる前に行われていたグッドウィルトーナメントに88年、91年、94年と3大会連続出場し、91年に優勝している。

 「88年の大会に初めて行って。その時はたぶん女子は20人から25人くらい」。団体戦はなく個人戦だけ。それから徐々に大きくなっていった。公式大会の97年京都大会で初めて日本が参加したという。個人戦に加え、1チーム3人だが初の公式団体戦も行われた。カナダは残念ながら1回戦で敗退した。「相手チームが日本だったから」と苦笑いした。

 この時、中野さんは個人戦3位。荒さんは「ウェンディはカナダの女子ではトップ。彼女を越えた成績の人はいない」と語る。「長くやってるからね」と中野さんは笑ったが、荒さんは「カナダで女子の剣道が盛んになって広がったのはウェンディのおかげだと思ってます。ヒーローって強くないといけない。彼女は強いし、勝ってたし。若い世代にも影響がある。ウェンディがパイオニア」と称賛を惜しまなかった。この意見に花加さんも「手の届かないところにいる人だったもの」と完全に同意。最近の試合でも若い世代に混じり優勝した。

 剣道を続けるだけでなく、勝ち続けるのは難しい。その努力を若い世代が見ているのだろう。花加さんは「私もウェンディとマコ(荒さん)の背中を見て育ってる感じだから。上に女子がいるっていうのは結構大きいと思います」。

 

剣道女子スタイル

 カナダの中でも西と東では女子剣道のスタイルが違うのだという。西は男性的、東は女性的。その理由を「強い女子がいたかどうか」だと花加さんは言う。選手人口は西が少なくなっているが、西の方がまだ強いと感じている。それはこれまでずっと稽古を男子と対等にやっているため剣道も男っぽいからと、そうやって男子と対等にやって来た先輩選手が成績を残し、今も現役で剣道を続けているから。

 「男子からも認められているし、同世代の先生からもリスペクトされていて、常に女子と男子が対等にみられていたことが大きいと思う」と花加さん。これまでの剣道人生の中で、女子だからを理由に、あれをしてはいけない、これはしなくていい、もしくは男子より低く見られる経験はないという。それは「この2人が男子と対等にやってきて女子だからを言い訳にしないという手本を示してくれたから」と語った。

 剣道には男子剣道と女子剣道というスタイルがあり、日本でははっきり分かれているという。しかしバンクーバーでは「結構同じなんですよ」と荒さん。それは競技人口が少なく、男女混合で稽古するためで、選択というよりは必然。荒さんは「特に女子だからって手加減されることもなくガンガン男子からやられるし」と笑う。「日本に行った時、男の剣道みたいって言われました。私はうれしかったけど」と笑って振り返る。

 世界では日本や韓国のように剣道人口が多い国では女子スタイルというのが確立されているが、その他の国ではどこもカナダと同じようなのだという。しかしそれも今は変わりつつある。インターネットのおかげで、どこにいても動画で剣道のスタイルを研究できる。今世界の女子剣道は日本の「女子スタイル」が流行りつつあるのだと語った。

 

剣道、結婚、出産、 そして剣道

 3人は若い時から剣道を始め、結婚、出産を経て、再び剣道を始めた。中野さんは出産後1年も経たないうちに世界大会に参加、団体戦で3位の成績を収めている。荒さんは3年ほど休んで復帰。宏美さんは、3人の子どもの子育てがひと段落して再開した。本格的に取り組み始めたのは教師の仕事を辞めてから。今は6段を目指して稽古を続けている。

 年齢を重ねるごとに剣道も変わるのだという。中野さんも、荒さんも、若い頃は試合に勝ちたいとガンガン飛ばしていた。個人戦では、中野さんは1991年グッドウィルで優勝、97年世界大会で3位、2000年にはベスト8、敢闘賞を受賞した。荒さんは個人戦では2006年にベスト8。団体戦では、中野さん、荒さん共にチームカナダで2000年、2003年、2006年の世界大会で3位に入っている。

 その後、世界大会での活躍を若い世代に引き継いだ後は、道場の子供たちを育て、「自分の道場だけではなくて、バンクーバー全体で剣道をするための良い環境を作りたい」と荒さんは言う。中野さんも同じ意見だ。剣道は試合に勝つだけではなく、自分の技術を磨くことも目的の一つ。荒さんは2年前、全日本連盟の6段に挑戦し合格した。ひとつ、ひとつ、自分のできることに挑戦しながら剣道を盛り上げていきたいと思っている。中野さんの子供はすでに剣道を始めている。荒さんも自分の子供を道場に入れたいと話す。「ノーチョイス」だと笑ったが、こうしてバンクーバーで剣道が引き継がれていく。

 若い世代を代表する花加さんは来年の世界大会を目指している。とにかく2006年で止まってしまったチームカナダの入賞を早く自分たち世代で復活させたいと言う。先輩2人が世界大会から引退したのが2006年。自分が代表に選ばれたのが2009年。以降入賞がない。「2009年にメンバーがすごい変わって、それで入賞できなくて」と花加さん。世界的に女子剣道のレベルも上がっている。個人戦ではベスト8に入る実力者。「でもやっぱり団体戦が大きいと思っているので入賞を目指して頑張ってます」と語った。そして最後に先輩2人に「いつでも代表に復帰してね」と笑って誘った。

 バンクーバーには現在10以上の道場や剣道クラブがある。日本人は比較的少なく、日系人、アジア系の人が多いという。女子の割合は道場によって異なるが概ね3割程度。指導する側にも女性がいるのがバンクーバーの特長。荒さんは自分が若い時に「山田(宏美)さんのような女性が道場にいてくれたのはすごく温かみを感じた」と振り返る。そして「今自分がそんな存在だったらいいかなって思います」と笑った。

(取材 三島直美)

 

Pacific Northwest Kendo Federation主催大会で優勝杯を手にする中野さん(左)。10歳以下の部で優勝した同じクラブのチュイさん(右)と師範ムラオさん(中央)と。2017年11月4日アメリカ・ワシントン州ケントで(写真提供:中野ウェンディさん)

 

JCCC剣道大会で女子の部で優勝した山田花加さん(左)。4段以上の部で優勝したカイル・リーさんと。2017年11月25日オンタリオ州Japanese Canadian Cultural Centre(写真提供:山田花加さん)

 

第49回 Annual Vancouver Kendo Club Tournamentでの荒さん。2014年。撮影:ダニエル・タケウチさん(写真提供:荒真紀子さん)

 

第52回 Annual Vancouver Kendo Club Tournamentでの山田花加さん。2017年5月25日バーナビー市(写真提供:中村“マント”真人さん)

 

2017年にバンクーバーで行われた剣道セミナーで一緒だった荒さん(左)と山田宏美さん(写真提供:山田宏美さん)

 

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