翻訳のこつとは?3月30日午後、日系文化センター・博物館で、BC州公認資格を持つ日英翻訳・通訳者らの企画によるワークショップが開催された。毎回、好評の講習会。今回も定員の20人が熱心に意見を交わし合った。

 

翻訳実習のセッション。奥正面、右から李アグネスさん、成瀬晶子さん、シャープ雅子さん、武田正継さん

 

■発言しやすさを重視した定員数

 午後1時、このワークショップの企画者の一人、シャープ雅子さんが開会の辞を述べた。その後、参加者が順次自己紹介。プロの翻訳家もいれば、仕事の一部として日頃から翻訳・通訳を行なっている人、これから資格を取りたいという人もいる。また、初めての参加もあれば、すでに5回目、常連と呼ばれる人もいた。

 シャープさんは、「9年前の初回では予想以上の参加申し込みがあり、会場は50人近くで満杯。その後、いっそう実り多い経験をしてもらうために、参加者の希望を取り入れてプログラムの内容を毎回少しずつ変え、定員を30人に。前回からは、さらに意見交換しやすいようにと、定員は20人に限っている」と経過を説明。

 「読みやすい翻訳は永遠のテーマ」と言うシャープさん。翻訳実習では、気楽に発言してほしいと参加者に呼びかけた。

 

■翻訳実習

 ワークショップ開催の3週間前から、参加者には五つの課題が知らされていた。ファシリテーターは、李アグネスさんと成瀬晶子さん。セッション進行中、前方スクリーンの映写や会場からの発言を書き出すのは武田正継さん。一方、JLIGをリードする鹿毛達雄さんとシャープさんは、翻訳のこつを参加者に惜しみなく伝授。そのいくつかを、三つの課題を通して紹介する。

①(日→英)「チョコレートと塩せんべい」に例えた村上春樹の作家生活の引用文。 

 まず、タイトルにある「塩せんべい」のイメージを英語でどう伝えるかについて意見が多数出た。鹿毛さんは、タイトルには内容が凝縮されて表現されていることがあるので「タイトルをどう訳すかはひじょうに大切」と発言した。

 本文の冒頭、「小説家になっちゃったんだけど」のニュアンスをどう出すか。Ended up、 happened toを使う、you knowで始めるなどの提案があった。

 この引用文の原文はスピーチを書き起こしたもの。その口語表現の雰囲気を伝えるために、シャープさんは、「話すように訳す」ことを強調した。

②(日→英)オランウータンの人権に関する引用文。

 オランウータンにも「人権」という言葉が使えるのか。「飼育」、「身柄の保護」、「自由の権利」などは、この文脈ではどのような英語訳が適当か。これらに関し活発な意見交換があった。

 「文章の背景を知る」、「言葉の微妙な違いを知る」、「言葉は時代によって変わることを知っておく」と鹿毛さん。

③(英→日)BC州でのトナカイ減少の原因をオオカミに責任転嫁し駆除する州政府の対応をめぐる引用文。

 Cullには「処分する」、「殺す」、「間引く」などの意味がある。ネガティブな意味合いの英語にはどのような日本語訳をあてはめればよいのか。

 「読み手はだれかを考えて言葉を選ぶ」、「日本語の傾向として生々しい表現は使わない」、「日本語の文章作法にのっとる」とシャープさんがアドバイス。

 Scapegoatという単語の訳では、「その言葉を省略して説明する」ことも選択肢とする。また、「訳した言葉を原語に訳しなおす」ことは適切な訳かどうかを考えるのに役立つ。

 実践的な翻訳のこつが挙がるたびに、参加者らは大きくうなずいていた。

 

■翻訳支援ツールTrados

 会場に用意された茶菓とともに、企画グループのメンバーと参加者らが30分の休憩を楽しんだ後、コンピューター翻訳支援ツールTradosの紹介が始まった。

 講師の藤原雅子さんは、プロの翻訳家として25年以上の経験を持ち、過去18年間、Tradosを使っている。

 このソフトウェアは、英語から日本語に翻訳する際、原文の特性やクライエントからの希望・指示を尊重しながら一貫性ある安定した訳文を作ること、また、作業のスピードアップに役立つ。

 会場のスクリーンに映し出されるTradosの機能、作業画面、価格、導入のポイントなどに参加者たちはじっと見入った。

 藤原さんは、「Tradosで経験を積んだ分野の翻訳では、例文や単語の蓄積があるので、それを利用すれば新しい文章でも一から翻訳をする必要がなく、翻訳にかける時間を省ける。同じクライエントからの繰り返しの依頼には理想的」と話し、このセッションをまとめた。

 

■互いに刺激し合いながらの学び

 ワークショップ終了にあたり鹿毛さんは、「参加者全員が発言し、充実した時間を持てた。企画グループにとっても、課題作りや意見交換を通して、とてもよい勉強ができた」と講評した。

 仕事のなかで翻訳をすることがあるという参加者の一人は、「英語から日本語に訳す際、日本語ではいろいろな表現が思いつくので迷い、かえって難しく感じることがある。それにどう対処すればよいかが分かった」と感想を語った。

 翻訳・通訳のボランティアをしてみたいという参加者は、「一つの単語でも文脈によって訳語が変わること、人によって翻訳が違うことが面白かった。背景を理解して訳すことの大切さを痛感した」と、学んだ成果に満足げであった。

(取材 高橋 百合)

●JLIG:Japanese Language Interest Group

●STIBC: Society of Translators & Interpreters of British Columbia

●Greater Vancouver JCCA:The Greater Vancouver Japanese Canadian Citizens' Association

 

参考リンク

■JLIG/STIBC 日本語関係者有志のウェブサイト(会の趣旨、過去の活動内容、写真集、役立つリンク集等が掲載されている)
https://sites.google.com/site/stibcjapanese/  
https://www.facebook.com/stibc.japanese/

■SDL Trados Studio 2015 – Freelance  
http://www.sdl.com/cxc/language/translation-productivity/trados-studio/

 

開会の辞を述べるシャープ雅子さん。右は、鹿毛達雄さん

 

鹿毛達雄さん

 

藤原雅子さん

 

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