「日々剣道と真摯に向き合っていく」

剣道の世界は広くて奥が深い。歳を重ね、稽古を重ね、試合を重ね、知れば知るほどその奥深さに惹かれていく、それが剣道と、山田宏美さん。バンクーバー剣道クラブの最年長剣士として今も現役で稽古に励む。子供たち3人も幼少時から剣道を始め、長男の高史さん、次女の花加さんはカナダ代表に選抜されるほどの腕前を持つ。 今年11月にシアトル近郊で行われた国際大会では、宏美さん、高史さん、花加さんの3人で団体戦に出場し優勝を果たした。

日本の文化に接していたいと始めた剣道。今は世界を知る扉として、自身の内面に向き合う声として、武道という域を越えた存在になっている。

 

(左から)花加さん、宏美さん、高史さん

 

バンクーバーで剣道をもう一度

 宏美さんが日本からバンクーバーに移住してきたのは1987年。当時、子供たちに何か日本の文化に触れられるものをと思い、自身が高校卒業まで励んでいた剣道を、高史さんと長女真弓さんが習い始めた。宏美さん本人は子育てや仕事などで忙しく、当時は剣道をする余裕がなかったが、カナダで生まれた花加さんと3人が剣道に通い続け、剣道と縁が切れることはなかった。

 そんな宏美さんが剣道を再び始めようと思ったのは約10年前。子育ても一段落し、時間にも気持ちにも、少し余裕ができた頃だった。日本から離れ、バンクーバーで剣道を見てきて、「海外の人々はどういうふうに剣道をしているのかをもっと知りたくなった」という。その機会が得られると思ったのが海外から多くの剣士が集まる日本での外国人指導者夏期講習会。この講習会に参加するためには3段が必須条件。来加時は2段だったため、3段獲得に向けて稽古を始めた。

 そして2011年に念願を達成。講習会に参加し、「いろいろな国で剣道をがんばっている人がこんなにいるんだって分かって」。これをきっかけに、もっと深く剣道を知りたい、海外で、バンクーバーで、剣道を継承していきたいと強く思うようになった。そのためには、稽古を積み重ねること、色々な国々の人々と剣道を通してコミュニケーションを持つこと。「剣道を通して世界を知ることが楽しくなった」。

 

「剣道とは人との出会い」

 剣道を通して大事にしているのは人との出会いと、花加さん。国際大会に出場するといろいろな国から参加している選手たちと仲良くなれる。剣道を始めたのは5歳頃。歳が離れている兄姉と、気が付いたら一緒に剣道をやっていたという。現在4段。小さい時から一緒にやってきた兄姉や仲間に支えられ、ここまで続けられた。「メンタル面でも、日常的にすごい辛いことがあっても、辛抱してコツコツやっていけばどこかで報われるかなって、プレッシャーへの対応の仕方とかも鍛えられたかな」と笑った。

 それは高史さんも同じ。6歳から剣道を始め、現在6段。カナダ代表にも何度も選抜され、バンクーバー剣道クラブではヘッドインストラクターを務める。フィットネスクラブ「Chikara Fit(www.chikarafit.com)」を主宰し、パーソナルトレーニングや栄養面の指導をしている。剣道とフィットネスは相乗効果抜群と話す。瞬発力系の筋肉が必要な剣道はそれに関連した筋肉を鍛えることで効果が出るという。また、剣道の呼吸法はフィットネスでもかなりの効果を発揮するのだそうだ。「それが自分のビジネスのユニークなところ。今、自分で試しているんですけど、効果は出てますね」と笑った。「心技体(しんぎたい)」。武道の神髄に迫る体験が剣道を楽しくしている。

 

世界の舞台で

 高史さんも、花加さんも、大学生時代に日本の大学に1年間留学。その時、日本の剣道を肌で体感した。スピードも、練習量も、技術的にも全然違う。毎日練習する日本の大学と週2回のバンクーバーの道場では、違いが出るのは当然。それでも、国際大会ではそうした相手と戦わなければならない。

 剣道では3年に1回、世界剣道選手権大会が国際剣道連盟主催(FIK)で開催される。2015年はその年にあたり、5月に東京の日本武道館で開催された。カナダ代表(男女各8人)として出場した2人は、花加さんが個人戦でベスト8、敢闘賞を獲得。高史さんもベスト16入りした。FIKに加盟する57カ国が参加する剣道の最高峰を決める試合で好成績を収めた。

 カナダでも剣道は全国的に盛んで、バンクーバーには現在10の道場があるという。バンクーバー剣道クラブもその一つ。現在40人が登録。年齢幅は8歳から60歳くらいまでで、練習は週に2回。そうした環境でも世界の舞台で上位に食い込む実力をつけられることにカナダ剣道の将来が見える。

 

親子3人で一緒に優勝

 「剣道は何歳になってもできる」というのは武道の中でも突出している。歳を重ねれば、重ねるほど、円熟味が増すのが剣道だ。

 昨年11月7日、パシフィック・ノースウエスト剣道連盟(PNKF)主催の国際大会がシアトル近郊で開催された。毎年開催されるというこの大会にバンクーバー剣道クラブも参加。山田親子3人に2人を加えた5人でチームを組み、男子だけで編成されるチームが多い中、男女混合で見事優勝を果たした。

 今大会に出場するのは初めてという宏美さんは、親子3人での優勝に感無量。「子供と一緒のチームで優勝するのは特別だった」と表情を崩した。「たまたま(選手が)いなくて駆り出された感じ」と照れ笑いしたが、その実力は存分に発揮されたようだ。

 チーム5人の名前が書かれたリストを見て、先鋒と大将に挟まれる形で3人の「Yamada」が並んでいるのを見て「ウルウルして。子供と一緒に出られるなんて思っていなかったから」。それで優勝したのだからなおのこと。「帰ったら泣いちゃうかもしんないって言ってた」と花加さんが当時を思い出して笑った。

 年齢も、性別も、実力も違う選手が同じチームで戦えるのは剣道ならでは。「ほんとここまでよく頑張った」と宏美さん。昨年は3月に夫が他界し、「子供たち2人はそれを乗り越えて5月に好成績を収めてくれた。気持ち的な葛藤や、稽古ができない時期もあった」。それを思うと11月の3人での優勝は格別。「いろいろなチャンスを与えられ、剣道を続けていてよかったなと思った」と笑顔を見せた。

 

日々剣道と真摯に向き合っていく

 ヘッドインストラクターとして道場を率いている高史さんは、「剣道を仲間と楽しくできる環境を作ってあげたい」と語った。お互いにサポートしながら、切磋琢磨していく環境を提供できればと思っている。個人的には、6段に昇進したばかりで次の挑戦まで6年あるが、「個人的にどんどん強くなっていきたいというのはもちろん、毎回稽古をする前に目標を立て、その目標を達成する努力をして、毎回それを積み重ねていければいいのかなって思っています」。

 花加さんは、「世界大会に出て、自分の道場だけではなく、いろんな人にサポートしてもらって、今後はそれを何か返していければいいかなっと」。女子選手は男子に比べてやはり少ない。兄の代わりにコーチを務めることもあり「一緒に強くなっていきたい」と後進にも気を配った。個人的には、「段も徐々に上げ、試合にも出ながら、長く剣道を続けられていければいい」と語った。

 年齢と共に剣道が変わると実感している今日この頃、昨年は特に剣道と向かう機会が多かったという宏美さん。父親の死を乗り越えて5月に好成績を収めた子供たちの成長、11月の親子での優勝、その優勝に導くきっかけとなった8月のメキシコでの剣道体験。いろいろな機会が与えられた1年だった。

 メキシコには海外セミナーで知り合った剣道仲間を高史さんと共に訪ね、標高2千メートルで稽古をし、剣道談義に花を咲かせた。その中で、「正しい剣道と試合の剣道は違うのではないか」という話題になったのだという。「自分なりに、試合は試合用の剣道をしないと勝てないのかな、自分の普段の剣道では勝てないのかな、という疑問がわいてきて。だったら試合に出て試してみようかなって」。その試合が11月の大会だった。

 そして得た結論は、「自分の剣道でいいんだなって。練習を積み重ねて、技を磨いていけば、それで試合に勝てるのだなっていうことが分かった。そのためには毎回の稽古が必要なんだなって」。そんな気持ちになるのは「歳を取ったせいかもしれないけど」と笑った。

 「本当に剣道の奥の深さをだんだんと実感していく感じ。打たせてもらってありがとう、打ってもらってありがとうっていう気持ちになれる、歳を取るとね。一つの面を打つにしても、自分自身と向かい合っていく境地になっていく」。だから剣道はいくつになっても面白い。道場では息子の高史さんが師匠。「結構厳しいのよ。英語でまくし立てるし、ついていくのがやっと」と笑う。現在5段、60歳で6段の受験の資格を得る。ただ目標はそこに置かず、日々剣道と真摯に向き合っていきたいと語った。

(取材 三島直美)

バンクーバー剣道クラブ

www.vancouverkendoclub.com/ 

 

バンクーバー剣道大会 試合中の高史さん(右)(写真提供 山田宏美さん)

 

11月PNKF大会でチーム優勝した後の記念撮影(写真提供 山田宏美さん)

 

バンクーバー剣道大会
長女真弓さん(剣道2段、子育てで剣道はお休み中)を交えて(写真提供 山田宏美さん)

 

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