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初めての日本でふぐ料理
大阪芸人を思わせるようなユーモアいっぱいの話がポンポンと飛び出し、あふれるパワーでいっぱいのビュクナー氏。日本語の会話、読み書きが達者なことでも知られている。
 日本とのつながりは、モスクワで開催されたチャイコフスキー国際コンクールに出場した1986年にさかのぼる。ファイナルのステージでスタインウェーを差し置き、氏が選んだのはヤマハのピアノ。「当時北米ではまだあまりヤマハのグランドは出回っていなかったのです。弾いてみたらこれがとってもビューティフル!」
 ヤマハのピアノを選んで弾いた初めてのピアニストとして、ブロンズメダルを獲得。このことがきっかけで翌年、ヤマハ本社から日本縦断コンサートツアーに招かれた。初めての日本で、至れりつくせりの接待。「何を食べたいですか、と聞かれて“ふぐ”と応えてしまったんです。愚かでしたね。そんなに高いものとは知りませんでした。懐石料理でおもてなしを受けました」
 以来、日本での公演も多い。

 

甲子園の熱気に
感動!
大の阪神タイガース・ファン1995年以来、熱烈な阪神タイガース・ファン。「初めて甲子園で阪神の試合を見たときはオー・マイ・ゴッド! 信じられませんでした。虎のズボン、はっぴ、メイクアップをしたファンたちの熱狂的な応援。会場に流れるノンストップの応援歌。あの熱気に感動しました」
生まれ育ったボルティモアでは野球が盛んで、家族全員野球好きだった。ところがこれほど熱狂したものは、北米では見られないと説明する。
「阪神ファンというのはチームと結婚しているようなものですね。愛というより生涯かけての献身。音楽に対する私の情熱に似ています」
2007年には球団事務所で宮崎オーナー(当時)との接見が実現。大勢の新聞記者からフラッシュを浴び、カナダから来日した熱烈な阪神ファンのピアニストとしてスポーツ紙を賑わせた。
 阪神の話になると目を輝かせ、即座にグランド・ピアノに腰掛け『六甲おろし』の出だしをぽろり。阪神ファンであるということは単に野球が好きというだけでなく、一種のアイデンティティーでもあり、そこには家族的な絆もあるのだと分析する。


ピアノの
レッスン
ピアノとの出会いも画期的だった。「3、4歳の頃だったと思います。兄がピアノを習っていたので、いつもピアノに触ってみたいと思っていた私は、母にねだりピアノのベンチに座らせてもらいました。先生が兄の本を広げると、見よう見まねで弾けてしまったのです。自然に備わった能力というものがあるのでしょうね。早いうちからピアニストになるんだ、と決めていました」
 高校生のときは1日4-5時間練習し、ニューヨークの名門ジュリアード音楽院に進んでからは、1日8時間から10時間ピアノを弾いた。
「厳しい訓練も大切だけど、興味や情熱がないとダメ。親がプッシュしてピアノを習わせても無駄でしょう。それよりもエンジョイすることがクリエイティブの世界に大切なのです。誰にでも何らかのタレント(才能)があるはず。それを見つけるのことが難しいだけ」と話す。
「小さな子どもは、じっとしていることが大変ですね。バイオリンと違ってピアノは動きが取れません。しかも大きくて黒くてお棺みたいでしょ(笑)」。レッスン後、気持ち良い笑顔で帰宅することが、レッスンの効果を測る目安ではないかと語る。

 

ステージでの
瞬間
ニューヨークに27年住み、コンサート・ピアニストとして確固たるステイタスを持っていたが、UBC音楽学部でのポジションをきっかけにカナダに移り住んだ。山と海が見える自宅の部屋で、時間が取れる日には4ー5時間練習する。
 週3日教鞭を取る傍ら、世界各地でコンサート活動やマスタークラス、講演を行い、ピアノ協奏曲のレパートリーは100曲以上に及ぶ。
「例えばモーツァルトを弾くとき、ものすごく美しい旋律のところで、まさしくこの音を出したいと思った音を出せて、指揮者と後ろにいるオーケストラと一体になっていっていると感じる瞬間。このとき“なぜ自分はピアノを弾いているのか”といったような、人生の意味がわかるような気がします」と目を輝かせる。
 パッションという言葉が実によく似合う。難しいとされる日本語も「ひらがな、かたかな、グラマーなど楽しく勉強しました。ニューヨークで、とても素晴らしい先生についたお陰です」
発音が難しい言葉でも“音を聞く耳”があるから、周りの生徒に比べ上達も早かった。このとき習った渡辺先生からは、辛抱強く教えるテクニックを学び、それがピアノを教える上で役立っているという。


被災者支援のために
「今、多くの日本人が心を痛め、暗く憂鬱な気分になっています。ニュースが気になってテレビに見入っていると、よけいにふさぎこんでしまうので、新鮮な空気を吸いに外に出ることが必要ですね。ナイン・イレブンのとき、ブロンクスのアパートの屋上から遠くのマンハッタンで火が上がっているのを見ました。友人は地下鉄の駅から出てくるとき、飛行機がビルめがけて飛び込む瞬間を見て、それ以来人生が変わってしまいました」と同時テロの恐ろしさを実感した。
今回の地震発生直後、バンクーバー交響楽団社長のジェフ・アレクサンダー氏とピアニストのアレクサンダー恵子さん夫妻に相談し、バンクーバーで何が出来るか、アーティストが集まって義援金集めのためのコンサートを開けないか、と一目散に提案したのがビュクナー氏だった。
一見、華やかな印象を受けるが、生まれ故郷ボルティモアから移り住んだニューヨークでの生活などを通して、人間の心の奥深くにある苦悩もよく知っている。そんなビュクナー氏は、これからも日本とカナダの架け橋として、美しい旋律と楽しい会話を提供してくれるに違いない。
(取材 ルイーズ阿久沢)

サラ・デイヴィス・ビュクナー (Dr.  Sara Davis Buechner)
1959 年生まれ、米国メリーランド州ボルティモア出身。ジュリアード音楽院を経て大学院博士課程終了。エリザベート王妃国際コンクール、リーズ国際ピアノコンクールをはじめ、ザルツブルク、シドニー、ウィーンなど多くの国際ピアノコンクールで受賞ほか、1984年のジーナ・バックアウワー国際コンクールで優勝。1986年、チャイコフスキー国際ピアノコンクールで3位入賞。北米やアジアを中心にコンサート活動を行う傍ら、世界各地で講演やマスタークラスも行っている。100曲近いピアノ協奏曲のレパートリーを持ち、ジャンルもバッハから現代曲と幅広い。2003年よりUBC音楽学部准教授。愛用はヤマハピアノ。

 

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